源氏物語の写本の一つを読みながら完子は不思議そうに言う。
「内裏で働く男は何で宦官にしないのかしら?
ほら、明では後宮で働く男性は宦官しかいないって言うじゃない?
だからこういう不義密通が罷り通るんだわ」
「完子さん…?」
「こんなモラルの低い男がいつ紛れ込むか分からないのに、何で対策をしないのかしら?
同じような事が現在の内裏で起こってもおかしくないんじゃないかしら?」

普通、源氏物語と言えば
あなたはどの殿方が推し!?
とか
私はどの姫タイプ?
で盛り上がったりするものなのに、
まさかそんな感想だとは…。
幸家は可笑しくてつい笑ってしまう。
「完子さんは本当に着眼点が独特で素晴らしいですね。
皆さん節度を持った紳士だからそんな大それたことは起こらないと信じたいですけどね」

そんな話を2人がした直後の事だった。
「幸家さま、主上がお呼びです」

なんと、朝廷内でのスキャンダルが起きてしまったのだ!
公家の猪熊(いのくま)教利(のりとし)と内裏の女官と不義密通が発覚したのである。
猪熊は在原(ありわらの)業平(なりひら)や光源氏の生まれ変わりかと噂されるほどのイケメンだったが女癖がべらぼうに悪いチャラ男でもあった。
内裏で働く女官は基本的に主上の手がつくことを想定されている。
国家転覆にも発展しかねない由々しき事態であった。
「猪熊、あの野郎!!
ふざけんじゃねぇ!!
ぶっ殺す!!!
鷹司!!!徳川に連絡しろ!
猪熊を捕まえて今すぐ連れてこいって伝えろ!
目の前で斬首だ!!!」
激怒する後陽成天皇に反して幕府の対応は冷静なものだった。
しかも家康や秀忠が対応するまでもなく、京都所司代の板倉勝重が回答を寄越してきた。
「姦通罪くらいで大騒ぎするとは情けない」
「今、幕府は朝鮮国の使者を迎える準備でそれどころではありません」
幕府は文禄・慶長の役で最悪な関係になった日本と朝鮮の和睦を結ぶために尽力してきた。
豊臣家が起こした愚かな戦争の後始末をし、国交を元に戻すための場を設けるまでに10年かかった。
その大切な時に、姦通罪くらいでガタガタと…。

後陽成天皇は大激怒した。
関白の鷹司信房と共に幸家は、怒り狂う主上を何とか宥め、猪熊を京から追放することで何とか終結させた。