2月。
京の九条邸では、待望の男児が産まれた。
幸家は子供好きだったらしく、朝廷から帰って来るとニコニコしながら我が子を抱いている。
松鶴と名付けられた。
松鶴が寝てしまった後、完子は読書をすることが増えた。
九条家には源氏物語やら伊勢物語やらイケてる書物が沢山揃っている。
というのも、九条家は朝廷で保管する物語の管理や出版を担っていたからである。

源氏物語は約600年前の一条天皇の御世だった頃、紫式部によって書かれた王宮恋愛小説である。
その原本は応仁の乱や度重なる戦で消失して久しい。
しかし超人気作だったため、複製品は数多く存在した。
複製品といえば、当時は手書きで写すしかない時代。
汚れていたり破けていたり、文字の癖や誤字・脱字で間違った文章に変わっていたりすることがあり、本当にこの文で合ってるのか?という議論が多々起こった。
加えてスピンオフを勝手に付け加える人や二次創作して自分好みの結末に書き直してしまう人なんかも多くいたりする為、九条家ではどれが正しいのかを判断しなくてはならず、資料を集めたり注釈を加えたりしながら常に研究をしている。
文学者としてやりがいのある家業である。

ちなみに源氏物語などの朝廷が管理する書物は褒章として遣わされる事が多かった。
なので出版元である九条家は、朝廷から依頼されると期日までに写本しなければならない。
「源氏物語の九条目、10部お願いね!
来月までね!」
主上が軽く言ってくれると、幸家を始め家臣は一丸となって写本をし、きちんと乾かし、それを誤字脱字がないか確認して装丁して仕上げる。

「幸家さま、主上がお呼びです!」
後陽成天皇は結構時間を気にせず気軽に呼び出してくれるお人である。
「あぁ、もう、忙しいのに」
さっき帰って来たばかりの幸家は再び内裏に向かう。

その日、朝廷には秀頼が右大臣を辞任する旨が伝えられた。
後陽成天皇はため息をついた。
「という訳で幸家くん、今から右大臣ね」
「承りました…」
「豊臣家のことは私も残念だけどさ、でもやっぱり近くにいてくれないと困るもんなぁ〜。
でも、ま、一区切りというか。
これまで色々滞ってた儀式とかこれからじゃんじゃん復活させていくからよろしく頼んだよ!」
「若輩者ではございますが、期待に添えるよう尽力致します」
朝廷ではやはり応仁の乱や度重なる戦のせいで、伝統行事やら儀式やらが執り行えなくなっていたり、儀式のマニュアルが焼失したり、マナーを知ってる者が戦死してルールが謎化してしまったりしていた。
「とりあえず、今度の4月までに源氏物語30部作っといて。
褒賞として配るから」
「…はい、かしこまりました」