「私はあまり右大臣にはなりたくないので、こんなことを言うのはおかしいかも知れませんが…」
九条幸家は前置きをしたうえで話を始めた。
「この際、徳川からの要求を飲んで右大臣を辞任してみるというのはいかがでしょう」
「幸家殿、何を…!?」
鷹司信尚は驚いて声を上げた。
「あなたも徳川の味方をするか…!?」
淀殿は怒りで震えた。

幸家は首をふり、優しい口調で説いていく。
「油断させるのです。
秀頼さまが右大臣を辞めるまで徳川家はしつこく辞任を迫り続けることでしょう。
あらゆる手を使って。
少し前までは使いの者が来るくらいだったと思いますが、今は主上に圧力をかけるところまで来ています。
揉めてエスカレートしたら軍事行動に出るかもしれません。
残念ながら徳川の軍事力に敵う力を我々は持ち合わせていません」
「!!!」
現に淀殿も度重なる徳川の圧力に寝込むことが増えていて、最悪の事態に怯える日々が続いている。

「ですから、一旦徳川の要求を飲み油断させて力をつけるのです。

正直なところ徳川家も家康殿が亡くなればどうなるかわからない状態です。
秀忠殿にそこまでの求心力があるとも思えません。
向こうも関東での地盤を固める為にあまり争い事を起こしたくないと言うのが実情でしょう。

家康殿は、秀頼様、あなたさまが産まれる前から十何年もかけて流れを作っていったのです。
今、敵うはずがありません。
これは長期戦です。
家康殿が亡くなるその日まで平穏に過ごせるように争い事を極力避けて力を蓄えていきましょう。

官位は一旦無くなっても、また叙任されれば良いのです。
そこは私が上奏させていただきます。
いかがでしょうか?」

なるほど…
と思わせる説得力が幸家にはあった。
頑なに抵抗をし続けるだけが、策ではない。
しかし、官位を失って…永遠にそのままだったら……?

「少し、考えさせてちょうだい…」
淀殿はおばば様と美也に連れられて退出して行った。