「多喜、越前に来ないか?
あの娘と一緒に」
秀康の言葉に多喜は静かに首を振る。
「ありがとう、私のこと覚えててくれて」
「忘れる訳ないだろう…なかなか会いに来れなかったのは事実だが…
娘が産まれたのだって知らなかったし……」
「その気持ちだけで十分だわ」
「このままだとあの娘は一生侍女のままだぞ、それで良いのか?
お前だって姫として生きたいと思ったことくらいあったろう?
うちに来れば…」
「側室の子はよほどでない限り家臣と大差ないわ。
家督争いとかそういうの、色々関わりたくないのよ。
ましてや越前宰相様のところに行くなんて…恐れ多い…」
「俺は俺だ。
肩書は変わっても気持ちは変わってねぇ」
「…でも、どうせあちこち側室やら愛人とかいるんでしょ…」
「ま、まぁな…」
秀康は途端に歯切れが悪くなる。
当然正室もいる。
「な、なんて言うの?
真実の愛を誓った女がずっと手に入らなくて、心の穴を埋めようとした結果だから仕方ねぇんじゃないかな?」
「…ったく…。
あの娘の父は、慶長の役で亡くなったの。
それでいいの。
私たちは大坂で皆に良くしてもらって幸せだわ」
「…そうか…」


「秀康兄さん!!」
遠くから秀頼が走って近づいて来た。
「お久しぶりです!」
「おぉ、でかくなったなぁ!!
俺のこと覚えててくれてんのかい!」
「勿論です!
今日はどうされたんですか?」
「死ぬ前に一目会いたくて来ちまった」
「!!」
「ま、ここじゃ何だから」
「そうですね」
秀頼と重成に案内され、秀康は茶室へと向かっていった。
多喜は複雑な思いで見送った。