回想シーンは今しばらく続く。

戦国一の美女と名高い悲劇のヒロインお市の方と三姉妹の噂は人々の好奇の的だった。
織田家に戻ってからも様々な批判にさらされる。
「敵の子を産むなんて、裏切り者だ」
「敵方から戻ってこようとしないなんて、どうかしてる」
「普通だったら、一緒に死ぬよな」
しかし、お市の方は長政の遺志を継いでじっと耐えた。

再び母娘に悲劇が襲う。
天正10(1582)年6月、織田信長が本能寺で明智光秀に討たれた。
織田家にとって不幸だったのは、家を継いでいた長男の信忠(のぶただ)も共に討たれたということだった。
織田家の家督争いが始まる。
織田家の男子の中で三男の信孝(のぶたか)を擁する柴田勝家(かついえ)と、長男・信忠の遺児三法師(さんぽうし)を擁する羽柴秀吉の対立は激化した。
血筋の正当性としては信孝に勝っていたが、三法師は数え年で3歳。
これでは秀吉の操り人形となってしまう。
信孝サイドは、お市を柴田勝家に嫁がせた。
信長の妹であるお市が柴田と結べば、家臣団は信孝サイドに集まるだろうという作戦だ。
お市は小谷城を攻撃した秀吉を恨んでいた。
秀吉を失脚させるためには、好きでもない男のもとへ嫁ぐのも仕方のないことだった。
勝家と秀吉の争いはますます激化していった。

天正11(1583)年、ついに両者の戦いが勃発。
賤ケ岳の戦いで勝利を収めた秀吉は、勝家を居城の北ノ庄城へと追い込む。
城を囲み、火を放った。
「あなたのことは助けたい」
秀吉はそのような文を幾度もお市に送った。
しかしお市は全部無視した。
勝家は自害することにした時、お市も共に逝くことを決めた。
愛する長政を死に追いやった男に頭を下げるくらいなら死ぬ方がマシだった。
そしてこんな思いを持った自分を大切に扱ってくれた勝家へのせめてもの償いでもあった。

「母を許して、茶々…
あなたは……あなたたちは生きて、浅井の血を守って」
その瞬間、茶々は浅井の当主となった。
茶々、初、江の三姉妹とお付きの侍女たちは助けられた。

二度の落城を経験した浅井三姉妹は、宿敵・羽柴秀吉に預けられ、その後養子となり育てられた。
あんな体験をしたため、みんな毎日眠れずビクビクしながら過ごしていた。
特にニ度の落城の記憶がある茶々は臆病で神経質でヒステリックな性格になってしまった。
救いになったのは四姉妹揃っていることとおばば様がいてくれたこと、そして養母の寧々さんの明るさと愛情の深さだった。

その後皆別々の道を進みそれぞれの家族を持つようになったが姉妹の絆は固く結ばれている。