春。
寧々さんが再びお忍びでやって来た。
お忍び…といっても、淀殿に内緒なだけで割とみんな知っている公然の秘密的な感じだった。
去年はすぐ育つ葉物を畑で育てた。
今年は田んぼで米作りにも挑戦する。
西の丸近くの田んぼの一角を借りて米を作ることになった。
2坪くらいの小さな区画を担当する。
とは言え、最初は小作人たちも総出で全ての田んぼの田植えを行う。
畦の端に一列になって並び、腰を屈めて丁寧に苗を植えていく。

寧々さんが懐かしそうに笑った。
「そういえば、若い頃の秀吉ったらね、
水面に映った女子の裾の中を必死に見ようとして、水面に近づき過ぎて顔から水に突っ込んだことあったのよ〜!」
「そんな事もありましたわねー、懐かしいわ。
本当にスケベ野郎でしたものねぇ」
孝さんやらヨシさんやら古株の人間はゲラゲラ笑って盛り上がっている。
千姫たちはどう反応して良いかわからずポカーンとしてしまったが…。
当時の女性はパンツを履いていなかった。
一応下着はあったがスカートのようなものだったので、確かに裾の中が水面にそのまま映ってしまう事があった。
帯(ふんどし)を巻いてこいと言われたのはそういう事だったのか…と千姫はちょっと気恥ずかしい感じがした。

「あらあら、ごめんなさいね、変な事思い出しちゃって!」
千姫はしどろもどろしていたが秀頼はちょっと嬉しそうだった。
「何か、父さんのそういう話が聞けるのってすごく嬉しいです」
秀頼が産まれた時には秀吉は既に天下人で、現在は神として祀られている。
そんな偉大な父でも人間臭くて可愛らしい一面があったなんて。
「そうね、あなたが秀吉と過ごした時間は短かったものね。
いいわ、沢山話してあげる!」
「あ、でも姫たちが聞いてても大丈夫なエピソードでお願いします」
「え〜!?
だって秀吉のエピソードなんて99%エロネタしかないわよ!?」
「確かにね!」
「どういう事だよ!!」
重成の鋭いツッコミが入り、秀頼はがっくりうなだれた。
「…父さん…」
けれど、ほっこりとした表情を浮かべていた。