後日、大坂に徳川家の使者として家康6男の忠輝(ただてる)がやって来た。
豊臣家にお祝いに来て欲しいとお願いした代わりに、徳川家からもお祝いに使いを出す。
礼に適っている。
忠輝は秀頼より一つ年上の13歳。
本多正純を伴っている。
「秀頼様、この度は右大臣ご就任おめでとうございます」
「ありがとうございます、忠輝殿」
自分とほぼ同い年の忠輝がこうして「危険を顧みず」大坂にやって来るというのに「危ないから」反対されてどこにも行けない自分は何なのか…秀頼は少し恥ずかしい気持ちになった。

「忠輝殿も任官おめでとうございます」
忠輝もこの度の叙任で従四位下右近衛権少将の地位を賜った。
「ありがとうございます」
忠輝は平伏して答え、少し間を開けて言った。
「しかしながら、私は此度の官位を返上するつもりでおります」
「えっ?なぜ?」
秀頼は驚いて尋ねた。
一緒にいた本多正純が口を挟む。
「宮中では長いこと武家が官位を独占してしまったことで、さまざまな行事や儀式が執り行われないという由々しき事態が起こっていたことは既に存じ上げていることとは存じますが、それを正すために今までの官位と武家官位を分ける運びとなっておりまして、正しい叙任を行うためには一度武家の者は朝廷から賜った官位を返上することが必要となったのでございます」
「そうであったのか…」
「ですので、私は武士でありますので一度官位を返上しまして新たに正式に武家官位を賜る所存にございます」
戸惑う秀頼に忠輝は毅然とした態度で宣言した。

ここから先は本多が説明をする。
「ちなみに、秀忠様も今後江戸に専念されるご予定ですので内大臣を辞任するご予定でございます」
「なんと…」
「今後、武家官位は幕府で閣議決定して発表していく予定となっておりますので、ご承知おきください」
「!?」
秀頼と淀殿が戸惑っている間に忠輝と本多は謁見の間を後にした。

つまり、徳川家は秀頼に対して遠回しに右大臣辞任を促している訳で、淀殿にとってはとうてい受け入れられるはずがない。
「朝廷から授かった官位を徳川の指示で返上するなど、そんな道理に合わないことがあってたまるものですか!」
「武家官位を幕府で決めるって……どうしてウチが徳川に任官されなきゃいけないのよ!!」
「どれだけ主家を侮辱したら気が済むのよ!!!」
淀殿やばあやは怒り心頭だ。
「秀頼様、絶対に聞き入れてはなりません!」
もしそれを受入れたら徳川政権下についたことになってしまうことだけではなく、恐らく徳川は秀頼の官位を剝奪するかものすごく低い評価を下すだろう…。
「勿論。朝廷から賜った官位だ。使者殿の言葉は気になるけれど、朝廷から返上するように言われなければ返さないよ。
日本の役に立つように精一杯務めるつもりだよ」
秀頼の言葉に淀殿は涙を流して拍手した。