桜の季節。
千姫は7歳になった。
その頃、(はつ)が大坂城にやって来た。
「茶々姉、去年ぶりぃ~!」
初は、淀殿の妹で江の姉で千姫の伯母さんだ。
ハキハキした明るい性格でフットワークがかなり軽い。
普段は若狭の小浜城に住んでいるが、何かと用事を作っては江戸や大坂に足を運んでいた。

「正月の挨拶にしては随分と遅い到着だこと。
お前も江戸詣でが先か!」
淀殿はイラっとしながら言う。
「何怒ってるの、茶々姉。
だって、千ちゃんの結婚式の時に来たばっかりじゃん。
だから今度は江戸に行こうかなってことだよ。
順番に遊びに行ってるのよ~~」
「あっそう!」
「茶々姉、つまんないことでむくれるのやめてよ。
そんなに不機嫌だとお千ちゃんも困っちゃうわよね~」
千姫は苦笑しながら軽くうなずく。
江戸や結婚式の時など数回会ったことがあるはずなのだが、実はあまり覚えていなかった。
でも、優しくて明るい初に千姫は好感を持っていた。

「実は江がさ、またご懐妊だからさ様子を見に行って来たのよ」
「えっ?母さまが?」
「そうそう、で、今回つわりとかひどくてさ、ちょっと長居しちゃったんだけどね~」
「またか…よくもまぁ次々と産まれるわね…」
「夏には、お千ちゃんの弟か妹が産まれるよ~、楽しみだね!」
「うん!!」
江はすでに秀忠の子を4人産んでいるものの全て女子であった。
もし男子だった場合、徳川家の後継が誕生することになる。
世間の注目するところである。
「男子だったら、後継ぎが産まれる…か…」
淀殿は少し黙った後に話題を変えた。

「ところで初のところはどうなの?」
「ウチは全然…。
てか、もう歳だし…諦めるしかないよね…」
「しかし、江ももう30歳だというのにあいつはすごいわよね…」
初は少し躊躇するように言う。
「実はさ…江に頼んで4女を養子に貰えないかなってお願いしたんだ…」
「え…」
「別に、徳川に媚びを売ろうとかそういうつもりじゃなくてね?ね?わかる?
ほら、なんていうか…子を産む喜びは味わえそうにないけど、子を育てる喜びはどうしても感じてみたくて」
「…そっか…。
初は昔から子供が好きだったもんね」
「側室が産んだ子もなんか遠くに預けられちゃったしさ!
寂しいんだ、私!
だから、養女に迎える娘は手元に置いてめっちゃくちゃ可愛がる!!」
「ふふ、良いじゃないの」
「徳川家からもOK貰えたし、無事大津に迎えられたら、ここにも一緒に挨拶に来るよ」
「楽しみにしてるわ」
「名前もね、”初姫”になったから♪」
「同じ名前つけたの!?」
「だって、初って良い名前でしょ?」
「それはそうだけど…どう呼び分ければ?」
「そうねぇ…私のことは”お初さん”で、娘は”初姫”って呼んで♪」
「わかった」
「じゃぁ、城の掃除もあるから今回は明日帰るね!
またね~!!」
「千も楽しみにしてるね、お初さん!」

千姫は久しぶりにわくわくした気持ちで母の江に手紙を書いた。
大坂に来て沢山文字も書けるようになってきた。

『母さまにぶじ赤ちゃんが生まれますように!
 完姫はとっても元気で良いお姉さんです。
 初姫にも早く再会したいです!!』