「気持ち良い天気だね。舟でも乗ろうか」
秀頼は内濠に小舟を用意させた。
「ではお堀を一周いたします」
「うん、頼む」
秀頼は千姫の手を取り小舟に乗り込んだ。
そのすぐ後ろを重成と松が載った船が続く。
お互いの姿は見えるが声は届かない。
楽しそうに会話をする二人を松はうっとりと眺める。
「千姫さま、キレイ…」
「そうだな」

「でも、お前もきれいだと思うぞ、きっと」
まっすぐに見つめてくる重成の目を松は見ることができなかった。
「あの時の返事は……」
「ごめんなさい……」

重成のことは嫌いではない。
ずっと近くにいて信頼できる兄のような存在だ。
しかし夫婦になるのは違うような気がした。

松は父が誰かもわからない侍女である。
一方重成は、官位は正四位。官名は長門守。
秀頼第一の家臣で木村家の当主である。
身分が違いすぎる。
大野治長の養女にしてもらって、格を上げて嫁入りするのも現実的だが
将来重成が大名へと成長していくにあたっては、やはり大名家の姫君を迎え入れることになるだろう。
その時、離縁されるか側室に下らなくてはならなくなる。
それに重成と結婚するとなったら、今までのように千姫のそばにはいられなくなるだろう。
一番に「木村家」のことを考えなければいけなくなる。
重成のことは嫌いではないが、やっぱり千姫の近くにいたいと松は思ったのだった。

「そうか、わかった」
重成の返事は穏やかだった。


しばしの沈黙があった後、重成は松の視線を捉えて言った。
「秀頼様はダメだぞ」
「!!?」
松はあまりのことにびっくりして、舟の上で立ち上がるところだった。
「何バカな事言ってんのよ!?
そんな畏れ多いこと思ったことない!!!」
「そうか?
お前、ずっと秀頼様ばかり見てるじゃないか」
「そんなこと…!」
「そんなことあるんだよ。
お前は千姫さまじゃなくて秀頼様ばかり見てる」
「はぁーーーーーっ!!?」
「俺は秀頼様への視線を気にするのが仕事だ」
「重さんって、節穴すぎるわね…!?」
「なんだと?」

フラれた腹いせなの!!?
信じられない!!
重さんのバカ!!!
こんな奴と結婚なんて、考えてみたらばかばかしかったわ!
断って、大正解!!

幸せいっぱいの千姫を目の前に松は泣きたい気持ちでいっぱいになった。