慶長17(1612)年、正月。

シトシトと冷たい雨が降っている。
千姫たちの正月といえば羽付大会で盛り上がる事が多かった最近だが、今年はひっそりと勉強部屋で貝合わせを楽しんでいた。
「はぁ〜…」
どこからともなく溜息が漏れる。
「ちょっと多喜、やめてよ。
正月早々溜息なんて」
「あ、すみません。
でも雨の中こう静かにしてると、なんか暗い気持ちになってきますわ」
大坂城の中の空気は最近神経質になっている。
昨年の二条城会見は成功したと皆が話していた。
しかし、あれから二家の間には今まで以上の緊張感が漂っていた。
家康が各家に誓詞を書かせまくっているという噂を聞くたびに千姫は憂鬱になる。
徳川との関係を良好に保つためにできること、それはやはり両家の間に子を設けることである。
そして今年、千姫は成人の儀を迎えることができる。

「秀頼くん」
「なに?」
「私ね、今年やっと成人の儀を迎えられるんだよ」
「うん、そうだね」
「成人の儀が終わったらね、やっと秀頼くんと子供作れるんだよ!」

「!!!!!」
千姫が満面の笑みで言うのを見て、思わず多喜をはじめ松や加奈はせき込んでしまった。
「げほっ、げほっ!!!」
気にもせず千姫は続ける。
「楽しみだね!
早く夏が来れば良いのに!」
純粋な千姫の笑顔を見て秀頼は何と言っていいかわからない。
「……」
赤面して俯く秀頼の顔を千姫は無邪気にのぞき込む。
「どうしたの?秀頼くん」
「いや、…もう…ねぇ…?」
「これ!姫様っっ!!
秀頼様、申し訳ございません…!!」
「え?なになに??なんで?」



まったく……
君は知らないんだ…
毎日どんどん美しく成長する君を見て
僕がどれだけ我慢しているか
花開く直前の蕾がどれだけ美しいか
少女の危うさがどれだけ僕を魅了しているか
大人の艶めきがどれだけ僕を誘惑しているか

僕たちは婚儀を済ませた間柄
いずれは結ばれる
何度も手を出してしまおうかと正直揺らいだことがあった
しかし豊臣家は礼節を重んじる手本とならねばならぬ家柄だ
きちんと姫の準備が整うまで待つのは礼儀であろう