「何だ、あんたもここにいたの…」
「お義母さま?」
千姫は秀頼たちが出掛けてから何も手が付かずどうして良いかわからない時間を過ごしている。
結局、秀頼たちが帰って来るのをいち早く見たいと天守閣に登りずっと京都の方角を見続けている。

この日のように晴れていると蛇行しながら続く河の向こうにうっすら山が見える。
その一番向こうに見えるのが寧々さんの暮らす高台院があるらしい。
一日なんていつもあっという間に過ぎ去っていくのに待っている時間というのはどうしてこんなにも長いのだろうか。
「何だか落ち着かなくて」
「…わかるわ…」
「だからってみんなここに集まるとはね。ふふふ」
「笑っちゃいますよね」
普段は高所恐怖症で足がすくんでしまうと言っている松や多喜、おばば様まで天守閣の上にいる。

天守閣はもともと見張り台である。
そんなに広くない約40mの5階建ての建物だ。
現在のビルだと12〜13階建相当の高さとなると思われる。
最上階に上がるには傾斜約60〜65度の手すりのない階段を登る。
上の方の階になるともうきちんとした階段などはなくほぼ垂直の縄梯子である。
皆よく登ったものである。
「殿方たちが大変な時に高くて怖いとか言ってる場合じゃないものね!」
「ほんとに!」
「無我夢中とはこのことだわ」

皆で励まし合っていると船の姿が見え始めた。
「あ!!!」
「秀頼様達のお帰りですわ!」
「本当ですわ!」
みんな無我夢中で船に向かって手を振り続けた。
数十分後船の姿が大きくなってくると千姫はこうしちゃいられないとばかりに天守閣を駆け下りていく。
「!」
淀殿も負けじと続く。
「ちょっと待ちなさいよ!
一番に出迎えるのは私よ!!」
「ダメです、私です!!」

女主人たちが天守閣をすごい勢いで駆け下りてしまったので上に取り残された侍女たちも続こうとする。
「お、お母様…高くて無理…」
「ちょちょちょ…私たち、どうやって登ったのかしら……?」
松や多喜は足が震え動かなくなってしまい、おばば様は腰を抜かし座り込んでしまった。
「誰か~~~!!!
助けてぇ~~~~~!!!!!」


「ただいま」
秀頼が満面の笑顔で帰ってきた時、千姫も淀殿も泣き崩れた。
「お帰りなさい!!」
「よくぞご無事で…」
秀頼は千姫と淀殿を同時に抱きしめた後、一人一人の顔を見て朗らかに言った。
「留守の間大義であった!」
大坂城に大歓声があがった。