淀殿は大体は優しい母であったが、たまに情緒不安定になってヒステリーを起こすことがあった。
それをおばば様と秀頼がなだめて落ち着かせるというのがいつものパターンだった。
千姫が大坂の暮らしにも慣れてきた秋、朝廷からの使者が豊臣家にやって来た。

「ふっざけんじゃないわよ!!!!!」
朝廷からの使者である勧修寺(かじゅうじ)光豊(みつとよ)によると、家康は先日右大臣職を辞任したらしい。
家康は今年の始めに「朝廷に呼ばれたからちょっと出かけてきます」と秀頼に挨拶をして、征夷大将軍に任命され江戸に幕府を開きそのまままだ帰ってきていない。
「どうやら江戸の運営が軌道に乗るまでそっちにかかりっきりでやりたいとか何とかで」
「はぁ~っ?聞いてないんですけど!!
別に右大臣辞めるのは勝手だけど、江戸にかかりっきりとか聞いてないんですけど!
あいつ、ちょっと出かけてきますって言って留守にしてるだけなんですけど!
何なの!?
豊臣家の家臣のくせに勝手に出て行って報告もないとか!
普通、直接挨拶に来るのが普通じゃない!?」
勧修寺はバツが悪そうな顔をする。
「す、すいません。もう聞いているものかと思いまして…」
片桐も遠慮しがちに言う。
「でもお方様、家康様は豊臣家の家老を辞めるとは言ってないわけでしょう?
江戸が落ち着いたら戻ってこられるのではないでしょうか?
私も代理として頑張ってはいますが、正直早く戻ってきてもらわないといろいろ大変で…」
「本職の仕事も放って何て無責任な男なのかしら!主君に対する冒涜よ!」
感情的に喚き散らす淀殿に秀頼は静かに話しかける。
「母さん、徳川殿は僕が成人するまでの間、代理で日の本全体の政務を行ってくれているんだ。
そんな風に悪く言ってはいけないよ。
それに近畿内のことなら、徳川殿がいなくてもすでに母さんと東市正殿がうまくやってくれてるじゃないか。
みんなで頑張っていこうよ」
おばば様が秀頼の意見に賛同する。
「そうですよ!大坂は徳川のせいで色々荒らされたんだから私はいない方がせいせいしますわ!」
「…」
淀殿は何か言いたげな顔をして一瞬黙ったが気丈に言った。
「そうね!今まで好き勝手にされてたものを元に戻させてもらわないとね。
これから忙しくなるわ!」


しかしながら淀殿のイライラはずっと続いていくことになる。