その翌日、28日早朝。
「それでは行って参ります」
秀頼は初めて自分の意志で大坂城外に出ようとしている。

「お気をつけて…」
会見が行われる二条城まで約50km、一泊二日の予定である。
千姫には不思議な感じだった。
大坂に来てから秀頼と離れたことは一度もなかった。
会えない日は何度かあったけれど、気配を感じられる距離にいた。
毎日居て当たり前の愛しい人がたった2日ではあるが旅立とうとしている。
「では秀頼様、参りましょう」
片桐が秀頼を迎えに来た。
「なぁに、私も何度も京都まで往復してますがこの季節は風も気持ち良いし楽しゅうございますよ」
笑顔で話す片桐の背後には千人を越すものものしい兵の姿があった。

こんなにもの兵が……!
二条城に向かう街道沿いにも警備兵を数千人も配置しているという。
淀殿は秀頼の暗殺を心から恐れているが、城の外というのはそんなに治安が悪いものなのだろうか…。
ここまでしないといけない程の危険な事なのか…。

千姫は初めて淀殿の気持ちを思い知った。
安全に帰ってくるという保証はない。
これで会えるのが最後になってしまうかもしれない…。
そう思ったら震えが止まらなくなる。
でも、秀頼が望んだことを自分が止めるわけにはいかない。
笑顔で送り出そう…。

「お千ちゃん、行って来るね」
「いってらっしゃい」
「…」
秀頼は千姫をじっと見ると、その長い指で千姫の頬を伝う涙を拭った。
「え…?」
笑顔で見送っているつもりの千姫だったが、いつの間にか涙を流していたようだった。
「うそ、やだ、私…!?
ごめんなさい」
「お千ちゃん…」
秀頼は千姫をぎゅっと抱きしめていつもの優しくて穏やかな声で囁く。
「大丈夫。
絶対会談を成功させて帰って来るから」
声を出したら泣き崩れてしまう。
千姫は頷くだけで精一杯だった。

「秀頼様、ずるい!
母のことも抱きしめてくだされ!
うわぁあああん!!!!」
淀殿は大号泣しながら秀頼にタックルするかのように抱きついた。
「母さん、心配しすぎだよ。
大丈夫だから」
秀頼は淀殿を軽く抱きしめ頭をぽんぽんする。

「あの…私たちも…」
恐る恐る側室や侍女たちも声を上げる。
みんな涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「みんな、ありがとう。
こんなに想ってもらって僕は幸せ者だ。
必ず帰って来るから」
秀頼はそう言って一人一人の手を握って挨拶を交わした。