5月。訃報が届いた。
お初さんの旦那さんである京極(きょうごく)高次(たかつぐ)が亡くなったそうだ。
47歳だった。
そのお初さんが高次の49日を過ぎた7月下旬に大坂にやって来た。

お初さんは落飾し常光院(じょうこういん)と名を改めた。
尼姿のお初さんは清廉な美しさがあった。
「この度はご愁傷様でした」
「お気遣い痛み入ります」

名門京極家は元はお初さんの実家である浅井家の主家であった。
戦乱のせいで落ちぶれていたものの、高次の姉で美女と名高い竜子(たつこ)さんが秀吉の側室に入ったおかげでお家再興が叶った。
そして秀吉の養女となったお初さんを正室に迎えた事で封禄が上がった。
姉と妻のおかげで成り上がったこの男のことを周りは"蛍大名"とバカにした。
蛍はお尻が光っている。
つまり下半身事情だけで成り上がった情けない男だと。

高次はそんな陰口をものともせず地に足をつけて善政を行った。
戦場で敵を薙ぎ倒したりするタイプではない。
しかし彼は立派な政治家で、領民にも慕われていた。
お初さんはそんな高次を心から愛していた。

「初姫はどうしてるんですか?」
忠高(ただたか)さんに嫁がせるから、一緒に住まわせることにしたわ。
だから城に預けてきたの」
高次が病死すると、家督は嫡男で側室との子である忠高が継ぐことになった。
そしてこれを機に初姫と婚儀を結ぶ事になったそうだ。

普通の考えならば、
側室の子を養子にして
徳川の姫君と結婚させ
京極家と徳川家の縁を結ぼうとする。
しかしお初さんは
自分に近い血を引く江の娘である初姫を養女に迎え
高次の血を引く忠高と娶せることにした。
”どうしても自分の血と高次の血を一つにしたい”
そんな執念にも狂気にも近い愛もあるのだと千姫は感じ取った。


この日お初さんがやって来たのは挨拶回りもあるが、秀頼の第二子の姫君を預かるためだった。
姫君は千姫が秀頼と相談をして、奈々姫と名付けた。

「お千ちゃんは、偉いね」
「そんなこと…」
「側室の娘にもきちんと優しく親身になって」
「お初さんからも昔、正妻の心構えを教えていただきましたし」
「だけどさ、
知識として理解するのと
感情として許容するのとは別の話じゃん?
わかっちゃいるけど、ムカつく!
みたいな!!」
「ええ、まあ…」
「私なんて側室が若君を産んだ時なんて悔しくて本丸の柱、2〜3本折ったよね…」
どうやら浅井家の姉妹は激しい人が多いらしい。

「でも育ての親に選んでくれてありがとう。
京極家は言っても名門ですから!
立派な姫君にお育てするわ!」
「よろしくお願いします」