朝食を終えると、大坂城の中をあちこち見て回ることになった。
城内は家老の片桐且元(かつもと)によって案内された。
片桐は東市正(いちのかみ)殿と呼ばれている。
秀吉子飼いの武将の一人と言われている片桐はもうすぐ50歳のベテラン職員と言える。
そんなに戦も強いわけではなく、そこまで頭が切れるわけでもないが、真面目が取柄でコツコツ頑張って来て、つい3~4か月前に家老まで昇格した。

「実はね、私も家老になったのは最近だから色々不慣れなんだけどねぇ。
大坂城には長く居ますのでねぇ、案内などはお任せください。
城内は広いので迷わないようにしてくださいねぇ」
「今日は僕も一緒に案内するよ」
秀頼も来てくれた。

大坂城は半端なく広い。
全敷地面積を考えると現代のJR大阪環状線が走っている土地の半分くらいはあったと考えられる(あとの半分は当時は海と川だった)。
居住スペースだけでも相当広いので、覚えるまでが大変だ。
千姫と多喜そして松は、片桐と秀頼の後をついていく。
秀頼や淀殿の住居スペースに共有スペース、侍女たちの部屋に台所、風呂場、そして簡単に畑や馬小屋などをまわった。
「みんなも知ってると思うけど、昨日江戸から着いたお千ちゃん。
みんな、よろしくね」
秀頼は家臣や侍女たちにも丁寧に一人一人に声をかける。
婚礼の儀で身分のある武将たちとは挨拶を交わしたが、身分の低い侍女たちにも丁寧に紹介する秀頼のことを千姫はますます好感を持った。

「こちらが天守閣です」
その名の通り天にも届きそうな高い建物が目の前にそびえ立つ。
「すっごーい!かっこいい!!」
千姫は大興奮だ。
「お千ちゃん、天守閣に登ってみたくない?」
「のぼりたい!!!」
「皆さんもどうですか?」
秀頼の提案に多喜は苦笑を浮かべる。
「申し訳ございません、私はあのような高い場所恐ろしくて…とても…」
松も怖そうに多喜にしがみついてる。
「じゃぁ、二人でいこうよ!ひでよりくん!」
「そうしようか?」
3人を下で待機させて、秀頼と千姫は天守閣の上まで登る。

「うわぁ!!!
すごいたかい!!」
「怖くない?大丈夫?」
「こわくない!!」
千姫はこんなに高い場所に登ったのは初めてだったが不思議と恐くはなかった。
初めて見る広い世界に興奮していた。
黄金の瓦が輝く屋根が連なる大坂城。
北と西には大海が広がり、南には城下町が広がり活気がある様子が見て取れる。
その後ろには山脈がそびえている。
「北に流れてる大きな川をずーーっと北東に進んでいくと、京に着くんだよ。
お千ちゃんは昨日あそこを通って来たんだよ」
「西の海は世界に繋がってるんだ。
淡路島・四国・九州、もうちょっと行くと琉球や台湾に行ける。
その先は呂宋(ルソン)安南(アンナン)暹羅(シャム)ってずっと続いてるんだって」
「城下町のあの辺りが家臣たちの屋敷で、その先の南の山の向こうには熊野神社があって大坂城を護ってくれてるんだ」
秀頼は嬉しそうに教えてくれた。

そしてポツリと呟いた。
「行ってみたいなぁ・・・」