「雫、ほら、お腹触ってみて」


食器を片付け終わった私の手を自分のお腹に当てさせる母。


そのお腹は膨らんでいて、ここに命があると思うと温かいような手が震えるような、不思議な感じがした。


「ふふ、雫ももうすぐお姉ちゃんね」


母は嬉しそうにまた笑う。


母が妊娠して九ヶ月。


もうすぐ、この家庭に本当の血が繋がった子が生まれようとしていた。


「うん、弟出来るの、楽しみだな」


「あ、お父さんもお母さんのお腹触る!おーい、パパですよー」


「お父さん、お母さんが呆れてるよ」


「え、そんな、だってやってみたかったんだもん・・・・・・」



本当に、平和な家族だ。


でも、温かいこの場所が、私には少し苦しかった。





「雫ちゃん!今日は公園で遊ぼー」


「うん、いいよ」



学校帰り、ランドセルを背負って公園に走る。


みんなで空がオレンジ色になるまで、楽しく遊んだ。


空が暗くなっていくほど、人は減っていく。


その日はなんとなく足が重たくて、私は最後の一人になるまで公園の砂場で遊んでいた。



・・・・・・もう、そろそろ帰らなくちゃ。


でも、私帰ってもいいのかな。


本当は、もういらない子だったりしない?


なぜか、そんな考えばかり浮かんできて、どうしても帰れない。


帰りたい。


帰りたくない。


このまま帰らなかったら、父も母もどうするんだろう。


探しに来てくれる?


それとも、ああ、いなくなってよかったって、思うのかな。



・・・・・・怖い。





「お前、一人で何してんだ?」


「・・・・・・え?」



もう、一人だと思ったのに。


声をかけてきたのは、学ランを着た男の人。


中学生・・・・・・?



「お前、小学生だろ。こんな時間まで遊んでたら危ねえぞ?」


心配そうに私の目の前にしゃがむ男の人。


確かに、空を見上げればもう星とか月が輝いている。



・・・・・・でも。



「帰りたく、ないから」


うつむいて砂をいじる。


怒られるのかな。


それとも、どっか行っちゃうかな。


そんな私の考えとは裏腹に、男の人はそっか、と言って砂を掘り始めた。


「・・・・・・?あの、」


「一人にすんのは危ねえからな!気が済むまで俺も一緒に遊ぶことにした!」


「え・・・・・・?」


「よく分かんねえけど、なんか事情あんだろ?そういうとき、俺もあるしなー。人生ってほんと難しいわ」


この人、何言ってんだろう。


不思議な人。