糸side

だんだん、寒さが増してきた帰り道。
夕焼けが綺麗な道のりを歩いていた。

奈々ちゃんがバイトなので
教室でお別れして駅に向かう。

空はうっすら暗くなっていた。





あれから・・

彼の文化祭が終わった連休明けから、1か月が過ぎたけど
わたしの日常はいつもと変わらなかった。
ただ

彼と電車の時間をずらしたこと以外は。

この思いは叶うことがないのなら


もう会わないようにしないといけないと思った。


会ったら思いがまた溢れてしまう。

だから会わないように距離を置いた。

文化祭の帰り道、
様子がおかしかった私を見て
奈々ちゃんは、彼のことを話しなくなったし、
わたしもわたしで話もしなくなった。

どうしたの?と聞かれたこと、一度きり。

私の落ち込み具合を見て
何かあったのだと察してくれんだと思う。



そんな私の思いとともに
あの日、わたしはいつも電車で読んでいた文庫本を彼の教室に忘れてしまったようだった。

お守りみたいに持ち歩いていた本。
この本が彼とつなぎ合わせてくれていたように感じていた。


だけど
今は、わたしのもとにない。



きっと、そういうことなんだと思う。


電車も満員電車の中揺られて通学している。
本を読んでいる彼はいない。
本を読んでいるふりをしている私もいない。


彼と言葉を交わさなくても
ただその空間にいただけでも
わたしは嬉しかった。
彼のことを見ていられただけでもよかった。

それなのに、


学園祭で彼を見て、
わたしは欲張りになった。

目が合ってもしかしたら
同じ思いだったのかなって思った。

お互い知っている。
お互い覚えている・・と。


私が
ただ一方的にみているだけ
知っているだけと思っていたことよりも

もしかしたら
二人の
距離が近づいた・・ような気がした。

そうしたら

今度は話をしたい。
そう思ってしまった。


でも。
それは無理なんだ。




彼には大切な人がいる。

「はぁ・・」

まだ、何も始まっていないのに
失恋決定だなんて。


あの日、彼と彼を抱きしめた女の子とのシーンが頭から離れない。

本当は会いたい。
顔をみたい。
同じ電車に乗りたい。
話ができなくてもいいから
一瞬だけでもいいから
会いたい・・・。


だけど・・・

そんなこと思うのは私の独りよがりなのかも。

そもそも勘違いかもしれない。

それに・・
私たちは何も始まっていない。



駅のホーム。
同じ学校の子たちがたくさん帰る中、
私も電車に乗ろうとした時


がし!
いきなり
思い切り腕を掴まれた。


「・・!!!!」

がくっと後ろに引っ張られて
びっくりして見上げたら

いるはずのない・・・

彼がいた。


恋焦がれていた・・あの人。


「ま・・まって」

肩を大きく上下させた彼がいた。

こんな、しんどい姿すら
かっこいいと思ってしまうわたしはもう重症だ。

思わず顔が近くに感じて恥ずかしくなった。

やっぱり・・・

やっぱり・・・

私はあなたのこと・・・




彼の呼吸が落ち着いてきたころ

「「あの!」」

言葉が被ってしまって、

「あっ、先にどうぞ」
促されて

「あの、手が、、。」

緊張しすぎて顔が見れない。

掴まれている手首が熱い。
彼はいつまでも掴んで離さないでいた。

「ごめんなさい」

慌てて彼は私からすこし、一歩ひいた。


沈黙が続いて・・

なんだか、この空間が緊張で耐えられなくて
わたしはちょうど駅に滑り込んできた電車に乗ろうとした。


彼に引き止められる理由がわからない。

何が、わたし、したのだろうか?
文化祭で、何かした?
聞きたいことはたくさんある。
でもうまく言葉に出ない。

それに

そもそも
彼がここにいることがおかしい。

彼はいつも私の降りる駅の手前で降りている。
なのになぜ・・・ここに。


電車の扉が一斉に開いて
人が流れ込む。


「そ、それじゃ」
ぺこりと会釈をして、歩き出したとき

「まって。」
「??」


そう言ってわたしに渡してくれたのは、見慣れた一冊の本。

「この本、君のだよね?
文化祭のとき、テーブルに置いてあった。」

「あっ・・・」
見覚えのあるブックカバー。
やっぱり忘れていたんだ。

「ありがとうございます。それじゃ。」
お礼を伝えてそそくさと電車に乗ろうとした。


「まって。」


彼の顔、めがねの奥の瞳が揺らいでいるがみえた。

「・・・・・・」

電車の扉が閉まってから

しばらく
お互いがお互いに切り出すのを待っていた。

「あの・・・」

「え?」
切り出したのは彼だった・

「いきなり話かけてごめんなさい。驚かせてしまったよね。」
「い・・いいえ」

なんかドキドキしてきた・・。


「あの、さ」
彼はすこしきまずそうな表情をした。


「いつも‥同じ電車に乗っていたよね。」

口を開いて尋ねてきた彼

なんて答えたらいいのかわからなくて・・下を向いてしまう。


「最近、会えないからどうしたのかなと思って。」

「えっ・・」

おもわず彼の顔を見てしまった。


「それにうちの学校の学祭にもきてくれたよね」
「・・・・」

「あの後からキミの姿が見えなくなって・・どうしたのかなと思って」

まさか・・いえない
彼女がいるのを知ったから・・だなんて。

「あの時、僕がドリンクとかテーブルに運んだこと覚えてる?」
こくんとうなずく。

忘れるわけない。

「もしかしてその時、なにか僕、したのかと思って。・・もしかして嫌われたのかなと」
「そんなことない」!


私はおもわず叫んでいた

「・・えっ」

嫌いなわけない。

「…嫌いなわ・・けないです。


「よかった。てっきりなにか嫌なことしたのかと思って」

「・・・」
「君に嫌われてるかとおもって、ずっと気になってた」
まっすぐ。私を見る彼のまなざしがきれいで
私をとらえて離さない。

かぁ・・と顔が暑くなる。

「また同じ電車にのらないの?」


「そんな・こといったらだめですよ」

絞りだしたわたしの声はとても小さかった。

「え・・」

彼はまじめな表情で私をみる。

こうして彼と話しをすると改めて彼を好きなのだと感じる。


「そんな・・・うれしい・こと言わないでください。彼女さんに悪いです」
「彼女?」

彼はなにを言われているのかという表情をした。

「僕には彼女いないよ」
優しい声で彼は否定した


「だって、学祭のとき、女の子が抱き着いてのを見たから」

すこしの沈黙。

「・・・あの子は妹だよ」

気まずそうに
すこし恥ずかしそうに彼はつぶやいた。


「えっ」
「妹だよ・もしかして。彼女だと思ってた?」


こくん・・・

彼女はいないよと改めて彼は言葉を口にした
そして

「・毎朝、君がいたらいいなと思ってた・」

「・・・」

「だから君と会えなくなって‥気になってた。君に会いたいと思っていた」

「わたしに?」

「君のことが気になっていた」

彼はそういうと恥ずかしそうに片手で顔を隠した。

彼の甘い言葉に
私はもう言葉が出なくて
なんて言葉を出したらいいのかわからなくて
どうしたらいいのかわからなくて
ただ黙っていた。


「 いつも僕の前で本を読んでいる君のことがいつの間にか気になっていたんだ。」

そういわれたとき泣きそうになった。

「・・・っ」

ドキドキと鼓動が早くなっているのが
彼にばれてしまうのではないかと思うくらい
大きく波を打っていた
「僕は真壁邑生っていいます。・・よかったら君の名前を教えてほしい。」

そういいながら彼はまっすぐに私をみつめた。

そして
こう言ったんだ

「君のことが知りたい。君と話をたくさんしたい。よかったら・・仲良くなってくれないかな」

彼は恥ずかしそうな顔をしながら

それでも私の目をみつめながら話してくれた。
「・・・・あの?」

はっと我に返るわたし。

「あっ・・えっとびっくりして。」
まさか私と仲良くなりたい・・だなんて・

私と話ししたい・・だなんて


「私は、佐伯糸っていいます。・・私も・・私もたくさんお話したいです。...
たくさん仲良くなりたいです」

邑生くんの顔がくしゃって笑顔になって
私は胸がきゅんとなった。

これから邑生くんのいろんなこと知りたい。

そして
もっと仲良くなって
私のこと好きになってもらいたいな。


「佐伯さんと話したいなと思っていたから・・」
「・・・」

「嫌われていると思っていたからすごく落ち込んでた。」

「・・っ」

「だから・・今こうして話できることがとてもうれしい」

大きなてのひらで顔をかくすように口元を覆う真壁くん。

「真壁くん・・」


真壁くんはまじめな表情で
私に向き合う

「まだ…お互いのこと知らないことたくさんあるし、これからたくさん知っていきたいと思う。」


「・・私もです」


とりあえず・・・と真壁くんはつぶやいて

「明日。また同じ電車で会おうね」
「はい」

向けられた真壁くんの笑顔にドキドキする。

もっと笑ってほしい。
私に笑ってほしいな。

たくさん仲良くなって

真壁くんが私のこと好きになってくれたらいいな。


私たちはまだ
はじまったばかり・・・

「・・帰ろうか」
「・はい」

なんとなく照れているような笑顔の彼の横に並ぶ・・

「私も、朝会えなくてさみしかったです」
真壁くんからの反応はない。
横を見ると耳が真っ赤になっていた

「‥見ないで。恥ずかしいから」

「・・ごめんなさい」

「謝らないで・うれしいよ。」

ってとびきりの笑顔をみせてくれたから
私まで顔が熱くなってきた。

「手つないでいいかな」
「うん」

真壁くんの手はきくてあたたかった。