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 花霞は椋に抱きついたまま、すやすやと寝てしまった。
 今日は誕生日という事で彼女を連れ回してしまったので、疲れてしまったのだろう。
 椋は起こさないようにゆっくりと彼女の体をベットに下ろし、いつものようにベットから降りようとした。
 けれど、今日はそうもいかないようだった。

 花霞が、椋のシャツの袖をしっかりと握っていたのだ。椋は思わず微笑んでしまう。ゆっくりと彼女の手を取り、その指を剥がしてしまおうと思った。
 けれど、今度は花霞の表情が曇った。
 ぐっすりと寝ているはずなのに、まるで起きているかのようだった。


 「………今日だけ、ここに居るよ。」
 

 そう言って、椋はベットに戻り彼女の頭を優しく撫でた。
 すると、嬉しそうに笑い自分から体を擦り付けてきた。

 椋の胸はドキッと大きく鳴った。



 「………こうなる事はわかってたはずだけど………。やっぱり辛いな………。」


 椋は少し先を思うと、険しい目付きになってしまう。それと同時に、寂しくなる。彼女と離れたくない。


 「………きっと花霞ちゃんは泣いてしまうだろうな。」


 椋は、指で花霞の頬に触れた。
 この白くて柔らかな頬に涙が流れるのを、椋は見たくないと思った。
 けれど、それは難しいようだった。



 「ごめんね、花霞ちゃん。だから、今だけは………。」



 椋は許しを請うように額にキスをした。
 けれど、それは椋が自分自身に言い聞かせているのだと、彼にはわかっていた。



 「ごめん………。許してもらえなくてもいいから。俺の事も忘れていいから。だから、君には幸せになって欲しいんだ。」



 椋は優しく花霞を抱きしめて、届かぬ思いで彼女に謝り続けた。