「今日の仕事終わりに、一緒にいろいろ買い物に行こうと思ったけど、花霞ちゃんと時間合わなくて残念だったよ。」
 「すみません………早い時間もあるんだけど……。」
 「ううん。いいんだ。今度、休みが合った日に一緒に行こう。………あと、これも。」
 

 夕食を食べながら、椋と話しをしていると、彼がある物を取り出して、花霞に渡した。
 それは1枚の紙だった。



 「婚姻届………。」
 「そう。………貰ってきたんだ。嬉しすぎて、僕のは先に書いちゃったから。花霞ちゃんにも書いて貰いたいんだ。」
 「………はい。」


 花霞は、ゆっくりと彼からその紙を受け取った。そこには、綺麗な字で、「鑑椋」と彼の名前が書いてあった。
 これを書く夢を思い描いた事も何回もあった。前の彼氏である、玲との結婚も考えた事もあった。そんな夢でしかなかった物が、今自分の手の中にあるのが、不思議だった。


 これを書いて、提出すれば椋と本当に夫婦になるのだ。
 一緒に暮らし始めて実感していないわけではなかったけれど、婚姻届を見ると更に気持ちが高まるのを感じた。それと同時に少しの不安も感じる。
 それはきっと、変わることへの恐怖なのだろう。



 「緊張する?………やっぱり、まだ早かったかな。」


 紙を持って固まってしまった花霞を、椋は心配そうに見つめながら、そう声を掛けた。
 緊張するする気持ちは、正直まだあった。

 けれど、花霞はゆっくりと首を横に振った。



 「いえ、………書きますね。椋さん、ありがとう。」
 「……うん。わからないことがあったら、教えるから。後でゆっくりと書こう。」



 椋は、ホッとした表情を見せて笑みを浮かべた。
 花霞は、その婚姻届けを大切に持ち、しばらくの間、彼の名前を見つめていたのだった。