「椋先輩。もしかして、話を聞きにきてくれたんですか?」
 「………違う、忠告だ。俺にもう構うな。面倒だからな」
 「嫌です」
 「おまえな………」


 頭をかきながら椋はため息をついた。
 その後に、前髪をかき上げながら椋は遥斗を今までで1番冷たく鋭い視線を向けた。彼が激怒しているのはわかる。鬼の形相というよりは、内面から出る凍るような表情で、さすがの椋も身が震えてしまった。こんな表情をする椋は、幾度となく喧嘩を繰り返したのだろう。


 「俺は警察に憧れてる。けど、頭も悪いし、力だって強くない。背も高くない小さい体………だから、ずるい!椋先輩は強くて、頭も良くて、体も大きいのに……何で喧嘩なんかに使うんだよ!!」
 「…………それはおまえの夢だろ。押しつけてくんな」
 「嫌です」
 「おまえっ、本当にうるさいんだよっ!!」


 カッとなった椋が右手で拳をつくり、思い切り遥斗の頬を殴りつけた。彼の動きは素早く遥斗はすぐに反応出来ず、そのまままともに拳を受け、体が後ろにとんだ。
 気づいた時には、地面に倒れており頬は痛み、口の中は鉄の味に支配されていた。
 痛い。そのはずなのに、遥斗は椋の顔を唖然と見つめていた。
 椋が遥斗を殴ったはずなのに、誰よりも悲しげな表情をしていたのは椋自身だった。
 その表情から目が離せず、そして、やはり椋はこんな辛そうな顔を見せて自分を傷つけながら手をあげてしまっているのだ。そう思った。


 「………もう俺に構うな」
 「…………」


 椋は遥斗に背を向けて歩いて行ってしまった。
 頬を押さえながら、「絶対に諦めない」と心の中で誓いながら椋を見送ったのだった。