「おはようございます。」
 「…………。」

 
 いつものように彼女の前を素通りして歩く。心が痛みながらも、彼女の声を聞けただけでも嬉しくなる。それでいつもは終わるはずだった。

 「あの、すみません。」
 「え………。」
 「今、うちの花の花粉がついてしまったみたいで袖に粉が………」
 

 掛けていた女は、自分のエプロンのポケットからハンカチを取り出すと、ポンポンと黄色い粉がついたシャツを腕を払ってくれる。


 「よかった………跡に残らなくて」
 「悪かったかな。花は無事か?」
 「あ、はい。心配していただき、ありがとうございます。その、花、お好きなんですか?」
 「え………。」
 「いつもこの店の前を通って見てくださるので。お好きなのかなって。いつか、ぜひゆっくり見に来てくださいね。」


 そういうと、女は小さくお辞儀をして店へと駆けて行ってしまう。その時、ふわりと優しい香りがして、やっぱり彼女は花の香りがするんだと、初めて知った。


 「………花じゃくて、君を見てたんだよ。」


 その言葉は誰に伝えるでもなく、風にのってすぐに消えてしまう。


 「先輩ー!何やってんすか?」
 「ここで先輩って呼ぶな」
 「あーそうでした。何か楽しそうですね。良いことありました?」


 警察での後輩であり、共に潜入捜査をしている遥斗が声をかけてくる。短い髪を真っ赤にして、真っ黒なサングラスをかけている。2人が揃うと明らかに怪しいだろう。
 けれど、そんな自分にも彼女は話を掛けてくれた。


 「まーな。おまえには話さないけど」
 「いいじゃないですか!教えてくださいよ!」


 遥斗の声を無視して、椋はいつか花屋に買い物に行こう。そう決めたのだった。



           (おしまい)


☆こちらはファンメールで送ったものと同じ内容です。