「椋…………!」


 花霞は、声を漏らし彼を見つめた。
 椋は真剣な表情で、高級車から出てきた男を見つめていた。そして、手には黒い物を持って、体を低くして歩いていく。
 花霞にはそれが拳銃なのだとすぐにわかった。

 椋は、今から何をしようとしているのか。
 花霞はそれを理解した瞬間、足が勝手に動いていた。花霞は椋と同じように体を低くして、車の影に隠れながら、彼に近づいた。
 彼よりも走るのは遅かったかもしれない。
 けれど、慎重に進んでいく彼にはきっと間に合うと思っていた。椋が行動をしてしまう前には。


 ずっとこの時のために彼は動いてきた。
 それなのに止めてしまってもいいのか。一瞬そんな考えも浮かんだ。けれど、椋は相手を殺した瞬間、自分も殺されてしまう結果を予想していたのだ。


 椋が死んでしまう。目の前からいなくなってしまう。
 それがわかっているのに、止めないわけにはいかなかった。


 
 花霞は少しずつ椋に近づく。
 近づくにつれて、椋の緊迫した表情がよく見えるようになってきた。


 あぁ………椋だ。
 

 目の前にはずっと会いたかった彼が居る。
 大きな声を出せば、そして近づき手を伸ばせば彼の触れられる距離まで来ている。

 それを実感した花霞の目には、涙が浮かんできた。

 椋からの手紙を読んでから、もう彼には会えないのかと思っていた。
 別れを告げられた日は、嫌われてしまったのかとも思っていた。


 椋への想いが溢れて次々に涙が溢れ落ちた。
 けれど、彼に触れるまでは足を止めるわけには行けないのだ。