そのはずなのに、今は花霞の顔が何度も浮かんでくる。守ると言ったのに、彼女は泣いているのだ。


 花霞と手を繋いで穏やかな日々を過ごしたい。泣いている彼女を抱きしめて笑顔にさせてあげたい。2人で微笑んで次の日の話しをしたい。
 それを求めてしまう自分が居るのに気づきながらも、それが遥斗への裏切りになりそうで、その度に花霞を忘れようと思い出すことを止めてきた。
 そんな事など出来るはずなどないのに。



 ピーピーピーッ



 部屋に機械音が鳴り響いた。
 椋が設定したアラームだ。

 今日は、長年準備をしてきた作戦を実行する日。
 椋は、胸に隠し持った拳銃を手に持つ。
 
 警察を辞めるまで、何度も射撃の練習をしてきた。そのため拳銃を持つのは怖いとも思わなくなってきた。
 けれど、それを相手に向けた瞬間を考えると、ゾッとしてしまう。それは人を殺すというのが怖いのかもしれない。

 けれど、それも一瞬の事だ。
 拳銃を向けた瞬間、相手にも同じようにされるだろう。そしたら、最初に相手を撃って、後は撃たれるだけだ。
 人を殺したという感覚もないまま死んでいくはずだった。



 「さて、行くか………。」


 椋は、部屋を出る前に自分の姿を鏡に写してて見つめた。
 そして、胸に光る赤い指輪と、左手にある結婚指輪に順番に触れた。


 「花霞ちゃん、幸せになってね。」


 結婚指輪に唇を落とすと、何故か温かく感じてしまった。彼女の感触を思い出しそうになり、椋は目に溜まりそうになった涙を感じ、すぐに鏡から離れた。


 落ち着かせるために、もう1度拳銃に触れながら、部屋を出た。


 もう花霞の事を思い出す時間は終わりだ。
 

 後、思い出すのは死ぬときだけにしよう。
 そう決めて、真夏の街を歩き始めた。