まだ太陽が高いところで、ギラギラと熱を注いでいる時間帯。花霞はそんな中を必死に走った。日傘などさしている時間も勿体なく、汗をたらしながら、必死に走った。

 花霞が目指しているのは、自宅だった。
 栞の話しを聞いて、花霞はすぐに確信したのだ。椋が何かをしようとしている、と。


 「お願いです………遥斗さん。椋さんを守ってください。」


 花霞は、椋の書斎で見た写真の人物の顔を思い出した。そして、新聞の切り抜きで見つけた、「藤堂遥斗」の名前を。

 花霞が電話で注文を受けて、交差点で花を手向けていた場所。その場所での事故の記事が、椋の書斎にあったのだ。
 そこで亡くなったのが、「藤堂遥斗」という男性で、書斎にあった写真で椋と共に警察の制服に身をつつみ微笑んでいた人だった。


 そして、花を注文していたのもきっと椋だと、花霞は確信していた。
 本当におじいさんなのかもしれない。
 椋だという、証拠などなかった。

 けれど、花霞はきっと彼だと信じていた。


 だからこそ、花の注文が出来なくなるという事が意味する事が恐ろしくて仕方がなかった。


 それは、遠くに行ってしまう。
 もしくは…………。


 それを考えて、花霞はまた瞳から涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
 街の中を、人とぶつかりよろけそうになりながらも、彼が居た部屋を目指した。


 「お願い………椋………。いなくならないでよ………。」




 息絶え絶えに出た言葉は、雑音に混ざり消えていく。



 花霞は椋の笑顔を思い浮かべながら、走り続けたのだった。