「………俺が怖かったら家を出ていってもかまわないよ。それぐらいの事はしてしまったから。………期間限定の結婚なんだから、少し終わりが早まったと思えばいい。」
彼はそう言うと、花霞の手首を泣きそうな目で見つめていた。
花霞の心にもグザリと何かが刺さって、今にも泣き出してしまいそうだった。
「………そんなのイヤです。私は、ここから離れたくない。………あれぐらいで椋さんを嫌いになるはずがない。」
「花霞ちゃん………。」
「いつも優しい椋さんを知ってる、怒ってても………少し怖かったけど、私が本当は苦しむ事とか悲しい事はしなかったし………。その、あれぐらいで、私は椋さんと離れたいなんて思わないよ。」
「…………。」
「椋さんのこと好きだから、知りたいなって思う。椋さんがどんな事を抱えているのか。………何も力になれないかもしれないけど、少しだけでも知りたいって、思う。」
椋があの書斎に籠る理由、そして花霞の入室を極端に拒む理由。
そして、彼の不眠症の訳。
それらは全て繋がっているように、花霞は思えたのだ。
彼が何か秘密をもっている。
そうだとしても、彼を嫌いになる理由になるはずなどなかった。
それなのに、椋から離れる事の提案があった事が、花霞にとって1番辛い話しだった。
「………この前、一緒に図鑑を見た時の花。花霞ちゃん、覚えてる?」
「アネモネの花の事?」
花霞が誕生日に椋に買ってもらった図鑑の本。一緒に見た時に、彼はアネモネの花を気に入ったようだった。
彼はずっと、その花が気になっていたのだろうか。
「………うん。その時に話しただろ?毒入りの花に似てるって。それは、俺は危険な男って事だよ。」
椋は、悲しげに微笑みながらそう言うと、花霞の手から彼の手が離れていった。
椋は、この時、自分の事について、もうそれ以上話すことはなかった。