「………ここの窓が開いてるのかも………。」



 彼の書斎。

 この家で唯一部屋に入ったことがない場所だった。
 それは、この部屋に住む事が決まった時に椋に言われたことを花霞をずっと守ってきたのだ。椋に「書斎には絶対に入らないで。」と言われたことを。
 その時の彼の冷たい目は忘れることが出来なかった。
 その約束を破ったらどうなってしまうのか。彼を怒らせたら……。そう思うだけで、この部屋の前を通るのさえも緊張してしまった。



 「けど………きっと大切な物があるなら………雨に濡れたら、椋さん………困るよね。」



 花霞は、廊下をウロウロしながら入るか入らないかでしばらく悩み、葛藤した。
 彼は怒ってしまうだろうか。それと、「ありがとう。」と、言ってくれるだろうか。
 花霞はその時、彼が大切なものが濡れずに済んだ事を喜んでくれるような気がしていた。
 花霞は、椋が自分を怒る事など、ないだろう。そんな風に思ってしまったのだ。
 それでも、内心では勝手に部屋に入ることなどダメだろう。そして、あの鋭く冷淡な視線と、右手の赤みを思い出しては止めようとも思った。
 けれど、少しの好奇心と大丈夫だろうという、安易は考えが花霞の手を動かした。