「さやかちゃん!」

懐かしいその声に私が振り向くと、何故か幼い頃のしーちゃんが"私と同じ目線"で、団子虫を両手一杯に乗せて私に向かって差し出していた。

「きゃー! 気持ち悪い! 何でそんな事するのっ? しーちゃん嫌い! どっかいって!」

そんな言葉が私の口から勝手に飛び出す。
そこで私は気付いてしまった。これは私。幼い頃の"私自身"だという事に。
そして幼い頃の私は小さなその手でしーちゃんの手を叩き払うと、地面に散らばった団子虫を睨んだ。
小さい頃から私は虫が苦手だった。今思い返すと、この時に見た、しーちゃんの手のひらの上でウヨウヨと蠢く団子虫の無数の足がトラウマになったのかもしれない。
そして私がしーちゃんへと視線を戻すと、怒るわけでもなく何処か寂しげな瞳で私を見つめるしーちゃんの表情が小さな私の胸をぎゅっと締め付けた。

すると突然、パッと画面が切り替わるように目の前に満開の桜並木が現れる。
横を見ると、さっきより少し大きくなったしーちゃんが立っていて、私の視線に気付いて今と変わらない優しげな表情で微笑むと、それに呼応する様に春の柔らかな風がそっと私の頬を撫でた。
私はというと、嬉しそうに綺麗な折り目のついた灰色のスカートの裾を摘んではヒラヒラと春の陽射しに揺らしながら落ち着き無くぴょんぴょんと身体を小さく上下させていた。
そして不意に後ろからお父さんの声がして振り向くと、見慣れない晴れ着姿のお父さんとお母さん、それとしーちゃんの両親が幸せそうに私たちにカメラを構えていた。
……懐かしいお父さんの姿につい目頭が熱くなる。
お父さん……嬉しそうだな。

「はいっ、二人とも笑って!」

シャッター音が小さく響いたかと思うと、次の瞬間、目の前に広がる景色や風の匂いがまた、見覚えのあるものに変わった。

……何でもない過去の日常の一コマや、記憶に残る出来事、そんな一つ一つが春飆(しゅんびょう)の様に現れ、過ぎ去っていく。
そうやって私は過去の記憶を旅するかの様に数え切れない程の思い出を繰り返した。

 そしてその旅はだんだんと記憶に新しいものへと移り変わっていき、再び景色がパッと移り変わると、私は"あの場所"に立っていた。
……この景色は今でもはっきりと覚えている。たぶん、一生忘れる事のないこの景色を。