「まあ、なんだ。これからもよろしく頼むぞ。副料理長」

「しかし、いくら二人が認めようと僕は……」

「何言ってんだ。お前にはいずれ俺の後を任せるつもりで」

 副料理長は続く言葉を察したのか首を振る。

「僕は相応しくありません。今回の件で痛感しました。僕は、サリアには勝てない」

 副料理長は困惑を視線を振り切って私を見つめる。その眼差しにはただならぬ決意を感じた。
 それはこれまでのそっけない眼差しとも、敵意の宿る瞳とも違う。
 そして彼はこう言った。

「サリア、君がなれ」

「お断りします」

「ああ、よろしく……っておい正気か!?」

 副調理長は私に自分の地位を明け渡したいようですが、そうはいきません。

「私、一年契約なんです」

「一年契約!? 料理長、本当ですか!?」

 大慌てで判断を仰げば、料理長も焦りを浮かべていた。

「まさか……!」

 料理長もしっかり動揺を受けている。
 私の発言を耳にした二人は至急、雇用契約書を確認しに向かった。そしてこれまでのぎこちなさを疑うほど、連結の取れた動きで書類を探し当てて見せた。

「なんてこった……本当に一年契約になってやがる!」

 ふらりと倒れかけた料理長を、とっさに副料理長が支えていた。この二人はもう大丈夫ですね。

「サリア! 君、ここを辞めてどうするつもりなんだ!?」

「決まっています」

「料理するってのか? だったらここを辞めることないだろ!」

 料理長はまだ諦めてはいないらしい。貴重な戦力として数えてもらえるのは有り難いことですが、申し訳ありません。最初から、期間は一年と決めていたのです。

「申し訳ありません。仕えるべき主を決めておりますので」

 たとえどれほど遠くても、私はあの方の元へ向かいます。そこがどこであろうとも。
 早く主様のために料理を振る舞いたいと、強く思うばかりでした。