「申し訳ありません、感激のあまり!」

「喜べと強制しているわけではない。だが、後日褒美は取らせよう。この件も私から料理長へ進言しておく。お前は何も心配せず休むといい」

 昏倒する女性は兵士に連行され、ひとまず私は部屋へ戻ることを許された。
 翌朝はいつも通りに出勤すれば、多くの注目を浴びることになる。
 料理長には良くやったと褒められ、先輩からは興味深そうに事情を訊かれ、はぐらかすのも一苦労だ。副料理長は傍観を決め込んでいるけれど、私を見る目は明らかに昨日までと違う。
 厨房だけではなく、城中が侵入者を撃退した私の話題で持ちきりとなっていた。正直に言えば困る。これまで密偵として影に徹してきた私は慣れないことばかりだ。
 セオドア殿下にさえ見つからなければ偶然の事故で処理するはずだったのに!
 すべてはあの人の罪。そしてセオドア殿下からのお呼び出しをくらうこともなかった……。

「お前、何者だ?」

 開口一番、仕事を終えた私を待っていたのはセオドア殿下――改め陛下の尋問だ。
 侵入者は向こうなのに、むしろ私の方がこの人の関心を引いてしまったらしい。即位したばかりで多忙のはずが、こんなところで時間を割かなくてもいいんですよ!?

「もう一度聞く。お前は何者だ?」

 それ、貴方に言われたくない台詞堂々の一位なんですけどね!
 何者か?
 語るべき役職を失ったのはこの人のせいだ。

「恐れながら、私が厨房勤務であることは陛下もご存じのはずですが」

「料理長もそのように答えていたな。だが、侵入者の話ではとても常人の動きではなかったと供述している。私も同意見だ」

「身体能力には自信があります」

 とても納得したとは言えない表情だ。

「昨日もお話したとおり、道に迷ったという彼女を案内したところ、突然襲われたのです。運良く棚の荷物が落下し、窮地を切り抜けたることができました。陛下が来て下さらなければどうなっていたことか!」

「お前が捕らえたあの女だが」

 私の演技はスルーですか、そうですか。ですから私が捕らえたわけではないと何度言えば……

「他国の密偵だった。現在は寝返って私の側についたが、懸命な判断だな」

 あの人は寝返ってでも生きる道を選んだ。他人の生き方に口を出す権利はないけれど、自分は同じ生き方を選べはしないだろうと考えてしまう。