「……て、もう聞いていませんね。片付けまでしてほしかったんですけど。これ片付けるの私なんですよ!」

 戦闘が行われていた厨房は至急掃除の必要がある。

「とにかくまずはこの始末をつけないと。兵士を呼んで……」

 この人は勝手に棚にぶつかって、上から物が落ちてきて気を失った。そういうことにしておこう。状況証拠は完璧だ。

「それから部屋の片付けね……」

 軽く目眩がする。とんだ時間外労働だ。

「随分と派手に暴れてくれたな」

「そうですよね……」

 一瞬にして背筋が凍る。
 誰かに見られていた? しかもこの声は……
 人間は嫌な相手ほど忘れないものだ。感心するような響きだが、とても聞き覚えがある声なので振り返るのが怖い。

「陛下!?」

 即位したばかりのセオドア殿下が立っている。
 私の姿を改めて目にしたセオドア殿下は僅かに目を見張いた。

「お前、レモンか」

 それは私の名前ではありません。かといって名前を記憶してほしくもありませんけど!

「陛下、何故このような場所に!」

「水をもらいに来たら取り込み中のようでな。お前、本当に厨房で働いているのか? とても料理人の動きには見えなかったが」

 見てたんですか! そして聞いていたんですか!
 どこに国王陛下自ら水をもらいに来る人がいるんです! そういうことは人に頼んで下さい。切実にっ!

「随分と散らかしたものだな」

「申し訳ございません! すぐに片付けます」

「いや、責めているわけではない。良くやった」

 え……いま、もしかして、褒められた?
 現実が身体に染み渡ると、心が盛大に拒絶していた。どうしてこの人に褒められないといけないの?

「どうした。複雑そうな顔をして」

 もしかして、#国王__おれ__#に褒められて嬉しくないのか、とでも思ってます?
 嬉しくないに決まってるじゃないですか!
 断じて嬉しくありません。どうせ褒めるのなら主様の方でお願い致します――とは間違っても言えない私は恐縮という演技で取り繕う。