慌ただしい一日を終えた翌日、いつものように出勤すると、厨房には珍しく先客がいた。
 副料理長が腕を組み、険しい顔で待ち構えている。そして珍しいことに、彼の方から挨拶をしてきた。

「おはよう」

「おはようございます」

 率先して挨拶をしたということは、私に用があるはずだ。それも他の人に聞かれたくない類いの話だと思う。

「昨日は大活躍だったらしいね」

「活躍?」

「とぼけなくていい。君の料理の腕前はカトラから聞いた。君は現状に満足しているか?」

「どういう意味でしょう」

「君にはそれなりの実力があるようだ。それをこのままの地位で終えるつもりかと聞いている。たとえば、そうだな。副料理長の座に興味は?」

「副料理長?」

 ああ、そういうこと……。
 野心家の副料理長は当然このまま終えるつもりはないだろう。自分が料理長になった暁には副料理長にしてやろうという話だ。あるいは自分の派閥に入れたいのか、私に出世の手助けを望んでいるのかもしれない。

「私にはもったいないお話です」

 いずれにしろ、私にとって厨房での身分など関係ないことです。迷いなく言い切れば副料理長は不満そうにしていた。

「君が料理長に並々ならぬ眼差しを向けていたものだから地位を狙っているのかと思えば、僕の誤解だったか。いや、失礼。この話は忘れてくれて構わない」

 その並々ならぬ眼差しは技術を盗みたいからであって、決して料理長の座を狙っていたわけではありません。

「君に野心はないのか。がっかりだ」

 副料理長の顔にはわかりやすくがっかりしたと書いてある。
 そうだ、この人なら私の疑問の答えを知っているかもしれない!

「副料理長、一ついいですか?」

「なんだ」

「副料理長の考える一流の料理人とはどのようなものでしょう」