馬車は緩やかなリズムを刻みながら遠い地を目指す。
 俺は次第に生まれ故郷から離れていくわけだけど、不思議なものだね。感傷的になるような場面だというのに、俺の心は冷めきっていたよ。仮にも元王子でありながら、故郷に対する思い入れは特にないらしい。
 気掛かりがあるとするのなら、それは一人残すことになってしまった元部下のことくらいだ。

 これでも今日まで故郷のために尽くしてきた。俺に期待を寄せるのであれば応えてみせよう。俺にはそのための地位と力があった。周囲から望まれる姿を演じてきた。
 けれど陛下が選んだのは俺じゃない。自分を選ばないのであれば、もうこの国に未練はないさ。そういった判断を下してしまえる俺は冷めているのかもしれないね。後悔はないよ。
 兄上に言わせるのなら、俺は全てを失ったのだろう。
 ですが兄上、それは違います。全てを失ったのだとしても、代わりに得たものがある。
 サリアとの未来だ。
 表舞台で彼女と添い遂げられる可能性があるのだとしたら、王子の肩書なんて惜しくはない。サリアは俺の境遇を悲しんでくれたけど、実はそれほど悲観してはいないんだ。他ならぬ君のおかげでね。

 サリアと出会ったのは俺もまだ幼かった頃。遠方に暮らす親戚の誕生を祝うため、馬車で長旅をしていた帰り、一羽の白い鳥が馬車を横切ったことが始まりだった。
 鳥は何度も何度も旋回し、御者を攻撃しては強引に馬車を止めさせる。不思議に思って窓から顔を出すと、鳥はこちらをじっと見つめてきた。
 まるでついてきてほしいというように動き回り、俺は導かれるように馬車を飛び出していた。
 向かう先では古びた馬車が同じように足止めをされている。しかし彼らはこちらの御者以上に乱暴な動きで鳥を排除しようとしていた。
 ジオンの手を借りて職務質問をさせ、その隙に俺は馬車の背後へと回る。おそらく人に見られたくない物を隠しているはずだ。
 予想通り、馬車から飛び出してきたのは小さな女の子だった。

「君は……」

 白い鳥はこれを知らせたかったのか?
 少女は明らかに怯えていた。手を差し伸べたが、じっと耐えるばかりで動こうとはしない。やがて力尽きたのか倒れてしまう。
 俺たちが遭遇した一行は人攫いの集団だった。
 ジオンの力で彼らを制圧し、役人に引き渡すと少女を近隣の街まで送り届けることにする。
 予定を変更してまで回復を見届けてから旅立つことを決めたのは、どうしてもあの白い鳥の姿が忘れられなかったからだ。
 白い鳥は女神の化身といわれている。女神が守ろうとしたのなら、何かあるに違いない。それを確かめたいと思った。もう一度、今度は会って話をしてみたかった。

 目覚めた少女に外傷はなく、部屋を訪れるとぼんやり窓の外を眺めていた。視線の先にはやはりあの鳥がいる。まるで少女の目覚めを待ちわびていたようだ。
 俺に気づいた少女は起き上がって感謝を告げようとした。