「いや、構わない。何も知らない人間がとやかく言うべきことではなかったな」

「は?」

 耳を疑う。陛下から、そのように謙虚な発言が飛び出すとは思わなかったのだ。
 いえ、それよりもまずは主様への誤解を解かないと!

「私がお仕えしていた方は、私が他の道を選べるようにと、選択肢を残して下さいました。ただ私のあきらめが悪かっただけで、あの方は悪くありません。今回のことも私が勝手に……ですがもう二度と、おそばを離れるつもりはありません」

「……そうか。あいつは、幸せなのだな」

 まるで自分が不幸せのように言わないで下さい。今日でお別れのはずなのに、心残りが芽生えてしまう。
 私はこの一年を通して陛下の孤独を知ってしまった。あらゆるものに恵まれ、玉座さえも手に入れておきながら、心は空っぽなのかもしれないと。

「あらゆるものを手に入れはしたが、お前のようなただの小娘が手に入らないとはな」

 陛下は心底残念そうに呟いた。
 きっとこの人は主様のものである私を奪うことで、自分に屈しなかった主様の優位に立ちたかったのでしょう。血も涙もないと思っていましたが、存外人間らしいところもあるのですね。
 でも主様を追放したことは一生許しませんけど!
 こればっかりは譲れません。孤独? それは私のあずかり知らないところです。せいぜいあのうるさい密偵の女性に賑やかにしてもらって下さい。
 陛下は険しかった表情を和らげ、最後にこう言った。

「失業したのならいつでも戻ってこい。私が雇ってやる」

 どこまでも癇に障る。一言多いのがこの人だ。
 顔面の筋肉を総動員して、最後だからと無理やり笑顔を貼り付けた。

「そのようなことにはなりませんのでご安心下さい! それではお元気で!」

 おかしいですね。国王陛下直々の見送りだというのに、ちっとも嬉しくありません。
 速足でこの場を立ち去ろうとした私ですが、一言伝え忘れたのでぴたりと足を止めました。

「陛下。リエタナにお越しの際は当家をお尋ねください。お客様としていらっしゃるのでしたら、私もそれ相応の対応をさせていただきます」

 今日までそうしてきたように、料理人として尽くさせてもらおう。

「きっと、あの方は歓迎されるはずですから」

 笑顔を添えてお誘いする。
 私も大人になったのです。陛下が主様にしたことは決して忘れませんが、いつまでも憎んでいるだけの私ではありません。かつて主様がそう望まれたように……
 お客様として訪れるのなら、歓迎しないこともないですよ?
 陛下は何も答えなかったけれど、その表情は穏やかなものだったと思う。