なので金香ははじめから期待はしていなかった。
 寺子屋を出たら伝手(つて)を辿ってどこかのお店(たな)で働かせて貰おうかと思っていた。小料理屋でも小売店でも働き口は色々あるだろう。女性は必ずしもどこかで働かなければならないというわけではないが、寺子屋を出た女子の行く道は大体決まっていた。
『嫁に行く』
『花嫁修業をする』
『家業を手伝ったり、お店で働く』
 これらのどれかである。
 ただし花嫁修業など優雅なことができるのは良い家の娘だけであったので庶民の家の女子は大抵、嫁に出されるか働くかであった。
 そして結縁を決めるのは九割がた、親である。そして金香の父親はそのようなことに特に関心が無いようだった。
 つまり金香には当時から、『嫁に行く』という選択肢はなかったのである。
 そんな金香が幸いだったのは、成績の良さから教師に声をかけられたこと。
 「寺子屋で教師の手伝いをしないか」と。
 勿論女性を軽視される風潮である以上、提示された時点で賃金も待遇もそれほど良いとは言えないものだった。しかし一からどこか勤め口を探すよりはずっと楽だった。
 それにほとんど家を空けているとはいえ、父親はお金の面ではそれほどだらしなくはなかった。家賃もきちんと払う人であったしお金も置いていってくれる。
 ぜいたくな暮らしなどはとんでもないが、自分でたくさん稼がずとも僅かなお給料でも衣食に困るほどではない。
 ゆえに寺子屋の仕事を受け……今に至る。十三頃から教師の真似事をしているのだ。
 そのような事情はさておき、金香はまず自室へ向かって荷を置いた。
 まずは夕餉を作らなければいけない。
 買ってきていた野菜と、昨日近所から分けてもらった卵があった。
 料理はいつも簡単に済ませていた。父親がいればそれなりのものを作るのだが、自分だけと思ってしまうとそう豪勢なものは作らない。
 よって金香は随分痩せていた。質素ではあるがきちんと食事を食べ、寺子屋では子供と駆け回ることもあるので不健康というわけではないのだが、湯あみの際などにもう少し豊満になったほうが良いのかしら、と思うことはあるのであった。
 ただ、その行き先……最終的には男性と契ることに関してはあまり考えたくない。
 なにしろ男性に良い感情が無い。触れられたいと思えるはずがないではないか。
 野菜を取り出し水道で軽く洗う。葉を振るって水気を落としたあとは、まな板の上へ。包丁でとんとんと切り分けていった。
 食事の支度をしながら金香はぼんやり考えていた。
 恋には憧れている。素敵な男の人に大切にされればどんなにか幸せだろう。
 私のお母様はどうだったのかな。お父様が好きで嫁いできたのかな。きっと好きだったのだろうけど。
 もう今となっては、尋ねるすべもない。ただ早くに逝ってしまったとしても、それまでの時間が幸せなものであったら良かったのだけど。
 母の顔すらあいまいであるというのに金香はそのように願っていた。自分のことはかえりみることなく。
 つまり『自分のこと』。
 現在、愛してくれる人のいない、自分の寂しさのことはほぼ自覚していなかったといえる。