年下とはいえ、背も高いし、力も強い。ディアナはたちまちキールに包まれた。

「きゃあっ、ディアナさま?」

 抵抗、できなかった。ディアナの唇は、キールに奪われた。
 アネットがなにかしきりに叫んでいるけれど、ディアナの耳には言っていることばがさっぱり届かなかった。

 ち、治療だ。これは、治療だ。恋とか愛とか、そんな感情論ではなく、ただの治療……と、ディアナは我慢で割り切ろうとした。

 なのにキールの口づけは執拗で、ディアナの弱いところを攻めてくる。少しでもディアナが怯むものなら、ぎゅっと腰を引き寄せられ、舌が何度もディアナの唇を這う。

「や……っ、ちょっとっ、キール……」

 塞がれている口からは声が出せない。力が入っていない両手の握りこぶしでキールの背中をどうにか叩くものの、キールには通じていない。このままでは唇を咬まれるのではないかと、全身が冷えた。
 このままでは危うい、咬まれるなら先に咬んでやる、反撃に出ようとしたとき。

「ディアナ、ごちそうさま」

 突然、キールはディアナを解放した。

「へ……」
「おいしかった。ディアナ、おいしかったよ。きみは力で攻めるより、弱みをちらつかせながら迫るほうが攻略できそうだね。じゃあ、行こうか。あのサル系王太子が危篤なんて、なにかの間違いだと思うよ。健康だけがとりえ! みたいな男だもん」
「え、演技……なの、今の?」

 騙された。キールは気弱を演じて、ディアナを丸め込んだのだった。

「まあ、そうとも言うね。でも、息が苦しかったのはほんとうだよ。ただ、少し大げさだったかな。ディアナには悪いことをしたけど、口づけが初めてってわけではなさそうだったね。そこんとこ、どうなの、ディアナ」
「いえ、私よりも王太子さまの心配を」
「そのかわいい唇を、誰に奪われたのさ。昔? まさか、この国に来てから?」
「今は、それどころじゃありませんっ。ご危篤ですよ、王太子さま」

「……アネット、ディアナの服を持ってきて。王や王妃に失礼のないものを用意してよ。しどけない寝衣もかわいいけど、これは他人に見せられない。そうそう、この寝衣はボタンでまどろっこしいから、今後は腰紐一本で簡単に解ける寝衣にしてよ。脱がせやすいやつ。やたらと抵抗されちゃって、結局いろいろとできなかったじゃん」

 開き直った態度に、アネットは頭を下げた。

「も、申し訳ありません……」
「いいのよアネット、キールの言うことは下心満載なだけ。着替えはお願い。私も、王太子さまのご様子が気になる。キール、先に行っていて」
「ちぇっ。必ず、来てよ」

 身支度をディアナに手伝わせて整えたキールは、ようやく廊下に出た。口では強がっているものの、王太子のことは心配らしく、走って行った。

「ディアナさまぁ」

 振り返れば、アネットの半泣き顔。

「申し訳ありません。ディアナさまについていながら、このアネット一生の不覚です。あろうことか大切なご婚礼前に、ディアナさまの貞操が失われるなんて。どう私めを、煮るなり焼くなり存分にしてくださいまし」
「いえ、貞操の危機はあったけど、どうにか未遂だったから」
「み、みすい?」

 ディアナは説明しながら、普段着に着替えた。時刻はすでに深夜。あまり華美にならない服のほうが、お見舞いにはふさわしいだろう。最後に、守り刀を忘れず懐の奥にしまう。

「ええ。唇は……奪われちゃったけど。体はこの通り、なんでもないわ。キールは窓から入ってきたの。カギがかかっていなかったみたい。よく注意してね」
「窓? ここ、三階ですよ」

「でも、現に窓から夜這いだと言って侵入してきたわ。キールはこの城の王子だから、その辺心得があるのかもしれないけど」
「そうですか、カギの外れていた窓からですか。やはり私の責任です、申し訳ありません。それはそうとディアナさま、あの言い方、キールさまが初めての口づけのお相手ではなかったのですか?」
「あ、アネット? あなたはなんてことを聞くのよ」

「ディアナさま、私の存じ上げないところでは、案外ふしだらな生活を……」
「まさか! まさかまさかそんな! それは、ええと、確かにキールがらみなんだけど、話すと長くなるから、もうあとにして! 今は、王太子さまのご病状を知りたい」

 ディアナも、足早に王太子の部屋へと急いだ。