「ええっ。あのそれ、私の寝台」

 ディアナがせいいっぱいの苦情を唱えると、キールは半眼のままで、うろたえるディアナを見上げた。

「ああ、そうだったね。今宵が初主役の、ディアナ姫」

 そう言って勢いよく起き上がると、細い体なのにキールは軽々とディアナを抱き上げた。

「やだ、キール? 下ろしてっ」

 あたたかいキールの腕の中。ディアナの目の前には、シャツからはだけた白い胸元が、ちらついている。

「ディアナの体、いい香り。髪も。わたしのためにお風呂を済ませてくれたんだね。あぁ、でもまたきっと汗をかくね、そのときは洗ってあげる」
「や、やだ。キール。まずは下ろして」
「月明かりが、ふたりを誘っているよ。寝衣もかわいいけど、もっとじっくりとディアナの全部を見たいな」

 キールはディアナをお姫さまだっこしたまま、再び寝台の上になだれ込んだ。

「かわいいディアナ。今夜、わたしのものになれ。守り刀を交換して、永遠の愛を語り合おうね」
「待って……私、あなたと結婚するなんて、決めていません」

「いやいや、もう決まっているようなものだよ。だいじょうぶ、わたしが全部教えてあげるから任せて」
「教えてあげるって、な、なにを?」
「ディアナは心配性だねー。すぐに馴れるよ」

「待って、お願いだから待って。重い、キール」
「いつまで待てばいいの? 一分? 二分?」

 すでにディアナは、キールの体にほとんどのしかかられていて、どうにも身動きが取れない。腕もしっかり押さえつけられている。
 ディアナは必死で身をよじるものの、キールの力は細い体つきのわりに強くて、さっぱり抜け出せない。それでもディアナが左右に細かく動くので、キールはディアナの寝衣のボタンを外すのに手こずっている。

「あの、だから、私たち……そんな仲では」
「これからそういう仲になるんだよ、ずーっとね。恥ずかしいのは、最初だけ。きっとディアナも好きになる。なにより、皆も喜ぶよ。王も王妃も王太子も、わたしと婚礼をして我が国に残ってほしいんだ、ディアナ」
「皆?」

「そう。グリフィンも、ね」
「あのお方も、喜びますか」

「ああ、もちろん。ディアナが銀脈を発見してくれれば、国が豊かになる。軍を強化できる。馬が買えるし、たくさん育てられる。わたしたちが子どもをたくさん生めば、お互いの国が栄える」

 果たして、喜ぶだろうか。
 グリフィンは、ディアナとキールの結婚をほんとうに喜ぶだろうか。グリフィンにとっては、練習の口づけだったかもしれないが、ディアナにははじめてのことだった。しかも、何度も交わしてしまった。単なる練習だったら一度でいいのに、繰り返したということは、グリフィンにもなにか感情の変化があったと思うのは、勘ぐり過ぎだろうか。

「でも、だめ。こんなこと、私。許されません」
「だいじょうぶだって。王には秘密にしておく。婚礼前に共寝したなんて知ったら、泡を吹くよ。うまくやる」

「そ、そそそそんなこと言って、今まで何人の娘さんを騙してきたの? 私、偶然見ました。遠乗りに出かけた先の宮殿で、キールと王太子妃が激しく、く……唇を重ねているところを」
「……へえ、あれを見たの?」

 キールは初めて、顔に困惑を浮かべた。

「ええ、グリフィンも。あんな場面に遭遇してしまったら、あなたの言うことは信じられない。ご自分の兄のお妃さまと、あんなことを」
「ディアナは潔癖だなあ。いいだろう、別にあれぐらい。わたしはあれがないと、生きてゆけない体でね。王太子妃は、治療が上手なんだ。王太子との口づけを見て、お願いしたら快く引き受けてくださって。心の広いお方だよ。なんだい、その不審そうな顔。最後まで契ったわけでなし、ちょっと唇と唇が衝突したぐらいで」
「だ、だめ! ああいうのは、大好きな人とだけです」

『治療』のためとはいえ、許されない……ディアナはそう言いかけた。

「じゃあディアナ、きみがやって。ディアナがしてくれるなら、他の女とはもう二度としないよ。ほら早く。今日はディアナとすると決めて、ずっと我慢してきたんだ。だんだん苦しくなってきた。ディアナ、きみの免疫をくれないか。治療を怠れば、わたしは死ぬ」

 ほんとうに苦しそうなのだ。息遣いが荒いし、指先がとても冷たい。
 ディアナは迷った。ここで撥ねつけて、容態が悪くなったらどうしようと考えつつも、唇を重ねたらなし崩し的に、キールと朝まで共に……なんて可能性もある。
 グリフィンとの『練習』でも、ディアナは全身に力が入らなくなってしまって、妙になまめかしい気持ちになってしまったばかりなのだ。負けるわけにはいかない。