吸血鬼だって殺せるくせに


ディページに踏みつけられたオルゴールは…
粉々になっ音も発さなくなった。


「俺さ…あんたみたいな悪魔…大っきらい…」


衝撃を受けたのは…
おそらくディページ以外のここいにいる全員であろう。

女王は数々の男を見てきた…
女の色仕掛けに簡単に引っかかる男を見抜く力は確かなものだ。

ディページはまさにそれだった。
それ以上に女王にとって…誘惑の効かない男が初めてでもあった。


「…」


驚いたのはジェイスも同じだ。
色仕掛けにディページが耐えられるなんて1ミリも思っていなかった。


女王は…
ここではじめて冷静な表情を崩し…ディページにこう言った。



「…な…なぜ…」

「…」

「どう…して…」

「俺、あんたみたいな女の人タイプじゃないんだよねぇ…」

「…」

「奥ゆかしさって言うのかなぁ…恥じらいとかさ…女の子にはそういうのが大事なわけよ…」

「…」

「ねぇ…?…くやしい?」

「…は…?」

「初めてだったんでしょ?色仕掛けが効かない男…ねぇ?どう?くやしい?」

「…きさ…ま」


ディページは…
女王に悪魔的な笑顔で詰め寄る。

あれほど冷静を保っていた女王の表情には…
余裕がまったくなくなっていた。


「自慢の色仕掛けが全然聞かなくて…くやしいかどうか聞いてるんだよ?」

「…」

「たかが低級悪魔ふぜいが…俺をいいなりにできると思った?」

「…ッ」

「笑っちゃうよねぇ…慢心した女王…裸になって淫らな言葉をかけても…こんな男一人落とせないなんて…」

「…」

「あんた…本当に悪魔?」


女王は…
崩れ落ちる。

女王にとっての観察力とは…
自分が女王である理由そのものでもあった。

女王にとって誘惑とは…
自分が生きる上で最大の…いや唯一の武器であった。

魔術師にとっての魔法。
王にとっての顔。
モンスタースレイヤーにとっての剣。


絶対の自信の上に成り立つゆるぎない領域。


自分が必ず落とせると思った男相手に、誘惑が全く効かないというこの事態は…
自分の存在理由全てを否定するに等しい屈辱であった。

そして…
何よりも敗北を認めざる負えない事実であった。



「…」

「僕を落とすには…ちょっと君じゃ魅力が足りなかったね」



ディページは崩れた女王の顔を嬉しそうに見て…
崩れ落ちる女王に、言葉でとどめを刺したのであった。









ジェイスは約束を守った。
サキュバスが国境を超えるため、132人分の印書を書いたのだ。

彼女達に人間の名を与え、ホークビッツ王家の紋章を印書に添えた。

女王はその間、膝をついてただジェイスを見ていた。
他のサキュバスも同様だ。

ディページはもう飽きてしまったのか…
今朝の早起きした分の睡眠を取り戻すように洞窟の入り口で無防備に眠っていた。

ジェイスは印書を書き終えると…
女王にその束を渡して忠告した。


「さすがにこの数で移動するのは目立ちすぎる…検問を抜けるときは時間を分けて数人づつ通るといい…ヴィンドールに入ればお前たちは自由だ」

「…」


女王は何も言わずにジェイスから印書の束を受け取った。
そして、気になっていることを女王に聞く。


「本当に…あいつらの分の印書はいいのか?」


ジェイスは、洞窟の隅で固まっている男型の悪魔…
インキュバス達を見た。

インキュバス達は一連のやり取りを…
何も言わずただじっと見ていた。


「モンスタースレイヤーなら知っているでしょ?…淫魔の男はすごく弱いの…とても長旅に連れていくことはできない」

「…」

「ここで解体して…旅の食糧にでもするわ…」


女王は…
インキュバス達を見ずにそう言った。

他のサキュバスもそうだが…
同族の死に対してとても淡白だ。

淫魔は淫魔同士で繁殖ができないから…
異性としてのインキュバスに何の魅力もないということなのか。

それともサキュバスがこれだけの人数がいれば、インキュバスはまた出産すればいいとでも思っているのか。
もし人間も同じような生態を持っていたら、こんな風になるのだろうか。

ジェイスはそんなことを思っていた。


「そうか…」


しかし…
それは淫魔の世界の倫理。

人間であるジェイスが口を出すことではない。


「インキュバスと…少し話をしてもいいか?」

「…いいけど…誰ひとり会話できる子なんていないわよ」

「あぁ…かまわない」


そう言ってジェイスはインキュバス達の方へ向かう。
インキュバス達は何も言わず…近づいてくるジェイスをじっと見ていた。

どれも体つきはたくましい成人男性だが…
顔はまだあどけなさが残る少年のようだった。

みな顔立ちは中性的で…清潔で…
いかにも若い女性が好きそうな見た目だ。


「この中に…ケルムという者はいるか?」


ジェイスがインキュバス達に尋ねる。
すると、彼らの視線が一人のインキュバスにそそがれた。


「お前が…ケルムか」

「…」


ケルムは…
とても弱っていた。

他のインキュバス達よりもずっと細く…
筋肉も痩せていた。

大きな2本の角は乾燥しており…
死期が近いことを示している。

ジェイスは彼にこう言った。


「お前の娘…アリスは無事にここへ届けた…」

「…」

「…」


ケルムはジェイスから視線をはずし…
こぼれおちるような声でこう言った。


「さ…ら…」

「…?」

「サ…ら…」


ジェイスはその声を…
優しくすくう。


「サラも元気だ…アンナと別れることになってショックは受けていたが」

「…」

「す…きって」

「…ん?」

「さら…す…きって」

「…」

「…」


そう言って…
ケルムは目をつむって…

小さく深呼吸をした。


「あぁ…サラに…伝えておく」


ジェイス達はケルムから受け取った言葉をサラに届けるため…
またイーストレアに向かう。

洞窟から去る時…
ジェイスは女王にこう言った。


「俺は約束を果たした…お前も必ず約束を果たせ…」

「…」

「もし次この村にきたとき…まだお前達がいるようなら…」

「…」

「その時は、何の交渉もする気はない…この意味がわかるな」

「…」

「…えぇ」









ジェイス達は村長の家に戻った。

淫魔達の巣を見つけたこと…
繁殖に使われていたのはこの村だけではなかったこと…
淫魔達とかわした交渉の一部始終を全て話した。


「…これが報酬です」

「どーも…」

「ありがとうございます…あなたは村の恩人です」

「アンタ達にはまだやることが残されている…村の娘たちの腹の中には、まだサキュバスがいるからな…」

「…」

「いくら淫魔の子といえど…母親達から子供を奪うのは大変だろう…しかし、ちゃんと話をしてやれ」

「はい」


村長は下をうつむく。

この問題は淫魔を倒したからと言って全て解決できる問題ではない。
それは村長が一番よくわかっていた。

淫魔との関係を持った者たちを処理をどうしていくのか…
今後同じ過ちを繰り返さないようどうしていくのか…

村にはまだ時間が必要だった。


「…」

「そうえば…一つ聞きたいことがあるんだが…」

「…?」


少しの沈黙ののち、ジェイスは話題を変えるという意味でも探し人のことを聞いてみることにした。
旅の目的である吟遊詩人…すなわち俺のことを。


「この村には吟遊詩人が来たりするのか?」

「吟遊詩人…?えぇ…たまにいらっしゃることはあります」

「バージニア・フェンスターという男を知らないか?…30歳手前の甲斐性のない感じの吟遊詩人なんだが…」

「バージニアさん…?」

「あぁ…」

「少し肌が黒くて…さらさらした髪とヒゲを生やした…?」

「…!来たのか!?」



ジェイスは正直答えが返ってくるとは思っていなかった。


「つい一ヶ月くらい前、ここに1日だけ滞在していらっしゃいましたよ…お母様を連れて旅をしてらして…」

「…母親?」

「えぇ…とっても元気な方で…作物の収穫を手伝ってくださいました…」

「…」


探し人が母親と共に旅をしている…
ジェイスはこんな情報を宰相からは聞いていなかった。

しかし…
ジェイスはすぐにこの話のおかしさに気づく。


「あいつの母親は…ずいぶん前に亡くなっている」

「…え…」

「まさか亡霊と旅でもしてるのか…あいつは…」

「そんな…むしろ生き生きした元気な方でしたよ…言葉の使い方は少々違和感がありましたが…」

「…どこに向かったか聞いているか?」

「確かフィジールに行くと…」

「…フィジール…首都に一番近い町だな…」

「えぇ…向かうならリドルナードを経由するとよいでしょう…あそこは美味しい食べ物がたくさんありますし…」

「…」


重要な情報を得るとともに得た大きな謎。
ジェイスは少しづつ旅に不安を感じはじめていた。


準備を済ませ…
ディページとともに村長宅を後にする。

家の隅で…
サラは静かにうずくまっていた。


ジェイスはそんな彼女にそっと近づく。
そして彼女に目線を合わせるよう…しゃがんで言葉をつないだ。


「アンナはしっかり淫魔達に届けた…安心していい」

「…」

「それと…あんたに言っておくことがある」

「…?」

「ケルムと会った」

「…!」


サラは…
ここで初めてジェイスの顔を見る。


「あんたに…『好き』と伝えてくれって言われた」

「…」

「…」


それを聞いて…
サラはこぼれ落ちる涙を必死に両手で押さえた。


「言葉を…話せなかったの…あの人…」

「…」

「あの人と愛し合ったあと…私たちは2人で夜空を眺めてた…」






「さら…」

「…?」

「さら…」

「なに?…ケルム…」

「…」


私の名前を呼んで…
私をただずっと見つめてた。

私には…
それが何を伝えようとしているのか手に取るようにわかった。


「ありがとう…」

「…」

「私も…好きだよ」

「す…ぃ?」

「ふふ…『好き』だよ…『好き』っていうの…大切な人に想いを伝えたいときは」

「しゅ…す…くぃ…」

「はは…」

「さら…すぃ」

「…」

「…」

「…ありがとう」







「ケルムは…話すのがへたくそで…それでも私に『好き』って言いたくて…たくさんキスしてくれた…」

「…」

「人間の男の人よりも…ずっと私をちゃんと見てくれる…そんな気がした」

「…」


サラの涙は…
止まらなかった。

そんな彼女に…
ジェイスは言う。


「俺は職業柄…今までたくさんの淫魔を見てきた…当然…殺したこともある…」

「…」

「女型のサキュバスは不特定多数の男と関係を持つ…その行いに愛はない…男は性的な欲求をサキュバスで満たし…サキュバスは男から精を奪って繁殖という本能を全うするだけだ」


サラは涙を抑えながら…
ジェイスの話に耳を傾けた。


「しかし寿命が短いインキュバスは…生涯で関係を持つ女性は1人か2人だと言われている…」

「…」

「だからこそインキュバスは、関係を持った女性を心の底から愛するんだ」

「…」

「ケルムも…そうだったはずだ」


その言葉を聞いて…
サラの目からはもっとたくさんの涙が流れた。

ジェイスは村長と軽く挨拶を交わし…
何も言わずに話を聞いていたディページとともに、村を去っていくのであった。







平原を白馬に乗ったモンスタースレイヤーが駆けていく。
辺りは少しづつ暗くなり始めていた。


「本当に甘ちゃんだよねぇジェイスって…」

「…なんのことだ」

「淫魔も殺さないし…サラちゃんに嘘までついて…」

「なんのことだ?…俺は嘘なんてついていない」

「いや…嘘だね…」

「…」

「サキュバスもインキュバスも…繁殖するために人間の異性にとって都合のいい生態になっただけだ…そこには愛とか恋とかそんなもの微塵もありゃしない」


ジェイスはディページにまたがりながら…
ただ話を聞く。


「色んな女を抱きたい男の欲求に対応するのために、サキュバスは豊満で丈夫な身体を持っている…どんなに乱暴にされてもいいようにね…インキュバスだって人間の女にとって都合のいい存在なだけなんだよ…たった1人を愛して死んでいく…いかにも女が好きそーな生態じゃん…」

「…」

「淫魔がそんな生態になった理由は…ただ効率的に繁殖するためなんだよ」

「…」

「なのにあんなにドラマチックに話を装飾してさ…まるで淫魔と人間の間に真実の愛があるみたいに言っちゃって…」


ジェイスはディページの顔を見ていたわけではないが…
ディページの顔は…きっとあの笑顔なのだろう。


「あんた…悪魔より悪魔みたいだよ…ジェイス」


ジェイスから反応がないのが面白くないのか…
ディページは話を続けた。


「それに淫魔達が約束を守るって保証はどこにもないよ?…本当にあの場所から出ていくと思う…?」

「…」

「ねぇ…ちがう?ジェイス?」


煽るように尋ねるディページに…
ジェイスは答える。


「お前の狙いはわかってるぞ…ディページ」

「…」

「俺に罪悪感や後悔をさせて…精神が壊れるのがみたいんだろ?」

「…」

「あるいはただ俺の困っている顔が見たいだけか…残念ながらその手には乗らない」

「ふーん…」

「…」


2人の会話に…
少しだけ沈黙ができた。

ディページが平原をかける音だけが…
2人の間に響く。



「しかし妙だ…」

「…?」

「俺を困らせたいなら…なぜサキュバスとの勝負に負けなかった?」

「…」


ディページは少し黙る。


「べつに…サキュバスがタイプじゃないってだけ」

「嘘だな…」

「…」

「女王に言ってた…奥ゆかしさと恥じらいだっけか?…お前はそんなものだけで女性を判断しないことは知ってる…お前はどんな女性からでもいいところを見つけだす天才…いや、エロ悪魔だからな」

「…」

「助けてくれたんだろ?」

「…」

「悪魔のくせに…お前こそ甘ちゃんだな」

「…」

「…」

「…ふん」




ー今回対応したモンスターの記録ー

■サキュバス

怪物:淫魔
種別:悪魔(人間との混血)

女型の淫魔。どの個体も端正な顔立ちと、豊満な胸、引きしまった肉体を持つ。
人間の男性と性交渉を行い、男型のインキュバスを孕む。
『惚れ魔法』と『触癒形質』を用いて、人間の男性を虜にし堕落させる。

インキュバスと比べて非常に身体が強く性欲も旺盛。
生涯の半分は男性との性交渉に費やされ、個体によっては生涯で100回以上の出産を行うものも。
寿命が短いインキュバスの繁殖力が低いためにこのような生態になったと言われている。

基本的には巣(コロニー)を形成して集団で行動をする。
単独で行動する個体も確認されており、そのような個体は寝ている男性に無理やり性交渉をするため夢魔とも呼ばれる。

サキュバスは必ず人間の女性から生まれてくるが、ある一定の年齢になると強い帰巣本能を持つようになり、自ら巣(コロニー)に帰る。



■インキュバス

怪物:淫魔
種別:悪魔(人間との混血)

男型の淫魔。どの個体も端正な顔立ちと、引きしまった肉体を持つ。
人間の女性と性交渉を行い、女形のサキュバスを孕ませる。
『惚れ魔法』と『触癒形質』を用いて、人間の女性を虜にさせる。

サキュバスよりもずっと短命で身体も弱く、その分成長もはやい。
生涯で性交渉するのは1~2人ほどで、その分心のそこから関係を持った女性を愛すると言われている。

身体が弱いため長旅などができず、群れが巣(コロニー)を移動する際にはサキュバスの食料として解体される。