夕方のマンションの屋上は、ゆるい風が吹き、涼しいとまでは言えないが、私には居心地良かった。
柵に体を預け、街を見下ろす。
「…今日も、つまんない1日だったな…」
横断歩道を忙しなく行き交う人、ひと、ヒト…。
こんなに沢山の人がいるのに、私がいる意味はあるのだろうか。
今日もクラスメイトは、まるで私が存在していないかのように私を避けた。
いっそのこと、あの死神は私のことを対象にしてはくれないだろうか。
そんなくだらないことを考えながら、風に流されるように横を向く。

「…うわああっ!」

多分、今日1番の大声が出た。
少し離れたところに、例の死神が私と同じ姿勢で街を見下ろしていた。
死神はゆっくりとこちらを向き、少し呆れたような顔をした。
「うるせえな」
本日2度目の、死神からの言葉。私は返事をするか躊躇ったが、死神はじっと私を見ている。目があってしまっているし、何も言わない訳には…。恐る恐る、口を開いた。
「…ご、ごめんなさい」
「別に。てかおまえ、本当に俺が見えてんだな」
私は、そっと死神の方に体を向けた。今までじっくり眺めたことがなかったからか気づかなかったが、死神は人間と違って少し身体が透けて見える。
「おい、聞いてんのか」
「…あ。聞いてます。えっと、見えてます」
「へぇ…面白い奴だな」
そうは言ったが、全く面白くなさそうな顔だ。
身体が透けて見える他に、特徴といったら、わりと整った顔だちに、全身黒ずくめなこと。
「おまえさ、今日ほんと危なかったよな。冷や冷やさせんなっつーの」
これをきいて、私は死神への疑問を思い出した。これは、思い切って聞いてみたら答えてくれるかもしれない。ねえ、と私は切り出す。
「なんで今日、私のこと助けたの?」
「なんで助けただ?別に助けようと思ってした事じゃない。おまえが『命を奪う』対象じゃなかったからってだけ」
「…『命を奪う』対象か…」
そうか、なるほど。現実離れした話なのに、私は納得してしまった。死神はただ、闇雲にその辺の人の命を奪っている、という訳では無いらしい。
「なんだ、納得したのかよ」
「いや、まあ。なるほどって思った、かな」
「話せば話すほど変な人間だ」
「……」
私はその一言が少し気に食わず、柵に体を預けて街の方を向いた。
「なあ、おまえなんでここに来たんだ?」
死神からの素朴な疑問に、思わず再び死神の方を向いた。
「普通に、学校の課題も終わったし、暇だったから」
「…ふーん」
遊びになんて誘われない、なんて死神相手に言いたくなかった。しかし、死神も、「ふーん」と言ったきりそれ以上は聞いてこない。微妙な沈黙に耐えかね、私も死神に聞き返す。
「死神は?なんでここにいんの」
「俺は『命を奪う』対象の印がついてる人間探すため」
「えっ、なにそれ、印なんかあんの」
好奇心のままに、私は1歩死神に近づいた。死神は、私から少し体を引いた。
「てか、死神って呼ぶのやめろ。俺ちゃんと名前あんだよ。タカっていう」
「え、そうなの?死神にも名前あるんだ」
「何だ、その死神には名前ないっていう偏見。人間にだってあんだろ」
「偏見って大袈裟な」
「うるさいな、俺名乗ったんだしお前も名乗れ」
「あ、そっか、そうだね。私はあら──」

「荒木紗夏」

「………は?」
今、私が名乗る前に私の名前言った…?何故、私の名前を知っているのだろうか。
「な、なんで…」
「そんな驚くかよ」
タカはニヤニヤ笑って言った。いやいや、そりゃあ驚くだろう。初対面だ。
「初対面なのになんで知ってるかって、それは俺が死神だから」
私の心を読んだかのように、タカは楽しそうにそう言った。
「え、何なに、死神ってその人の名前がわかるの?」
「まあな。知ろうと思えばだが」
「便利…」
「ふはっ、人間ってみんなこんな反応するのか?面白いよなほんと」
タカのその言葉に、私は首を傾げた。
「どうだろう、私はちょっと他の人と違うみたいだから。みんながこんな反応するかは怪しいよね」
「何だそれ」
言った後の、タカの反応で気がついた。やってしまった…死神に向かって本音が出た。
しかし、タカは気を悪くした様子はない。私を横目で見つつ、こう言った。
「他の人と違うとか、そりゃそうだろ。他人なんだから」
「え…」
今まで言われたことがなかった言葉に、私は驚いた。1度もなかった。他の人と違うことについて、こんな風にフォローされたことは。
しかしタカは、驚く私をよそに、信号交差点にいる1人の人間を指差す。
「ん。ほらあいつ。『命を奪う』対象の印がついてる」
「え、どこ…」
タカが示す方を見るが、それらしきものは見えない。
「何も見えないよ」
「なんだよ、死神は見えんのに」
印は見えないのか、と、タカは少し不満げに眉を寄せる。