「今なら引き返せるわよ…。」
そして、天音の耳に飛び込んできた彼女の声は、静かで低く、どこか落ち着いていた。
シンと張り詰めた空気の城の廊下に、彼女のその声だけが響いた。
「え…?」
「咲き誇る前に散った方が美しい。」
「どういう事?」
「…この奥には、天師教のいる天使教の間があるわ。」
彼女はゆっくりとその方向へと視線を送り、こっちよと天音に示す。
しかし、天音には、彼女はなぜそんな事を言い出したのか、さっぱりわからない。
「でも、私は行かないよ。だって、ほら、あっちに見えるの月の印でしょ。」
彼女の向いた方向の先には、以前彼女に教わった月の印が仰々しく描かれていた。
その先には足を踏み入れては行けない。
もし、足を踏み入れた事がばれたりしたら、もうここには居られない。妃にはなれないのは明確だ。
それを教えてくれたのは、彼女なのに…。
「怖いの?」
「え?怖い?」
彼女は、長く続くその廊下の奥の暗闇から、決して目線を外そうとしない。
真っ暗なその先に、一体何が見えるというのだろうか。
彼女からの次から次へと降ってくる質問攻めに、天音は困惑した表情を浮かべる事しかできない。
「あなたは、なんのために妃になるの?」
そんな天音に、彼女は畳みかけるように、問い続けた。
「それは、村の、じいちゃんのため…。」
天音は、そんな彼女の冷静で何の感情も感じない声に、なぜか怯えながら、何とか答えようと声を絞り出した。
「本当に…それを望んでいるの?」
「え…。」

