天音は、ヤンおばさんのお店から帰り道、この村には珍しい人だかりに遭遇した。
どうやら、ほとんどの村人がそこに集まっているようだ。
それは、この村にとっては、何とも奇妙な光景だった。

「あ、さっき言ってたおふれ?かな?」

天音もその人だかりに興味を持ち、近寄ってみた。
するとそこには、難しい字で書かれた、立て看板が立っていた。
きっとこれが、ヤンおばさんが言っていた御触書きってやつに違いない。天音はそう確信した。

「難しい字ばっかで、読めない…。」

しかし、天音はこの村で幼い頃から育ったため、まともな教育を受けていない。
そのため、じいちゃんに教わった簡単な字しか読めない。こんな難しい漢字ばかりで書かれた文字は、とてもじゃないけど読めなかった。

「天音バッカだもんなー。」

そんな天音の背後から、生意気なあの声が聞こえた。

「リュウ!!」

天音は勢いよく振り返り、その声の主を睨んだ。
そこに立っていたのは、小生意気なこの村の男の子。9歳のリュウだった。
リュウは、まるでそれが生き甲斐かのように、いつも年上の天音の事をバカにしてくる。
しかし、それも仕方ないのかもしれない。
この村には、子供が少ない。リュウと一番年が近いのは天音なのだ。
リュウは天音の事が好きだからこそ、ついつい、いつも憎まれ口を叩いてしまうのだった。

「どれどれ。」

そこに現れたのは、いつも優しい、リュウのお父さんだった。
しっかりとした教育をどこかで受けたであろう彼は、スラスラとその御触書の文字を読んでいった。

「どうやら、玄武の宮様の妃候補を募集しているらしいな。」
「げんぶのみやさまー?」

まったく聞いたことのない単語に、天音の頭にはハテナマークがならぶ。

「なんだそれ??」

まだまだ子供のリュウもそれは同じようだ。
つまり、天音とリュウの理解度は同じくらい…。

「オイオイ。今度この国の天使教になるお方だよ。」

おじさんが呆れたようにそう言ったが…。

「てんしきょう??」

その単語も今日初めて聞いた天音は、さっぱり理解できていない様子で首を傾げた。
この村で暮らしている天音には、全く馴染みのない、聞いたこともない単語が次々とでてきて、天音の頭はパンク寸前だ。

隣に目をやると、リュウも、天音と全く同じ表情を見せている。
おじさんは、やっぱりどこか呆れ顔で、そんな天音とリュウを見て、小さくため息をついた。

「つまり、この国で一番偉い人。神様みたいな人だな!」

噛み砕いた言葉で、おじさんがまるで学校の先生のように、簡潔に教えてくれた。
おじさんのおかげで、天音はその難しい名前の人物について、やっと理解する事が出来た。

天師教とは、この地球国を治める、皇帝である。この国では、皇帝陛下という言葉の変わりに、天使教という言葉で彼を呼んでいた。そして、この国の人々は、まるで神のように天使教を崇めている。
彼に歯向かう者は、反逆者として扱われ、彼の顔を間近で見れる者など、ほんの一握りだという。
前天師教は、病で若くして一年前に亡くなっていた。そのため、その息子である皇太子、玄武の宮が、新たに天師教に即位する事になっていた。
その御触書は、そんな新しい天師教の妃候補を募集するという内容のようだ。