何の取り柄もない田舎の村娘に、その国の神と呼ばれる男は1秒で恋に落ちる【前編】



「この印。」

彼女が指さしたその床には、三日月の形の印が刻まれていた。

「月?」
「この印より向こうは、皇族の敷地。月の印は皇族の象徴よ。」
「へー、そうなんだ。」

その月の印は、天音が初めて目にしたものだった。
無知な天音は、もちろんその印が皇族の象徴だなんて話も、今日初めて聞いた。
そして、天音は地図を持っていたにも関わらず、妃候補が足を踏み入れてはいけない、禁止区域まで足を踏み入れてしまっていた。

「月は、闇の支配者」

しかし、彼女はそんな天音を責め立てる事はせず、今度は冷たく、意味深な言葉を口にした。

「…どういう意味?」

そして、そんな彼女の言葉の意味を理解する事ができない天音は、キョトンとした顔で首を傾げた。

リーンゴーン
その時、二人の会話を遮断するように、鐘の音が鳴り響いた。
その鐘は、もうすぐ始まる妃候補達の夕食の時間を知らせる鐘だった。

「運命。あなたは信じる?」

彼女は大音量の鐘の音など全く構う事なく、低い声で何かを問いかける。
しかし、天音は正直それどころじゃない…。夕食の時間だから、もう行かなければならないのだが…。
一方彼女は、時間を気にしないところを見ると、妃候補ではないのかもしれない…。
そんな結論に至った所で、

「もう、あの池には行かない方がいいわよ。」
「え…それって…!?」

彼女が今度は、天音が予期せぬ言葉を言い放った。彼女が言いたいのは、おそらく鯉のいるあの池の事だろうと、天音はピンときた。
しかし、なぜ彼女は知っているのだろうか…。天音がそこに行った事を。

「もう行くんでしょ?」
「え…うん。あ…、じゃあ。」

天音は戸惑いながらも、その場を去る事を決めた。本当は、彼女にもっと問いただしたい所なのだが、何せ今は時間がない。
彼女は、一体何者だったのだろうか…。
そんな事を考えながら天音は、食堂へと駆け足で向かった。