「お!!来たかい!」

いつものように、そのお店のドアを開けると、おばさんが元気よく天音を迎え入れてくれた。

「ヤンおばさん。いつもの!」

天音はその店の主、ヤンおばさんに、いつもの牛乳をお願いした。
村の人間は、みんなここで、ヤンおばさん特製の牛乳を買っている。
ヤンおばさんの旦那さんは牛飼いで、沢山の牛を育てている。
そしてその牛乳を、ヤンおばさんがこのお店で売っている。
ヤンおばさんは、いつでも元気で明るく、この村のみんなのお母さんのような存在だった。

「ほら。そういえば聞いたかい?」

そして、とっても噂好きなヤンおばさんが、天音にここぞとばかりに、噂話を始めようとしている。
長年の付き合いの天音には、手に取るようにその合図がわかる。
しかし、こんな小さい村に、噂話もあったものじゃない。大抵がみんなが知っている、どうでもいい話だ。

「何の話?」

天音はまたかと思いつつも、何の事を言っているのか検討もつかず、首を傾げた。

「何か、この村にも御触書(おふれがき)がでたらしいよ。」

御触書とは、国からの大事なお知らせが書かれているものらしい。とヤンおばさんが説明してくれた。
しかし天音は、この村で育ってきた中で一度もそんなモノ見たことがなかった。

「へー。こんな小さな村にも来るんだ…。」

そう、この小さな村に御触書が来るなんて事は、滅多にない事。それは、ちょっとした事件のようになり、ヤンおばさんだけでなく、村人達を騒がせていたのだった。
もちろん天音も、少しばかり興味を持ち始めていた。

「じいさんは?どうだい?」

どうやらヤンおばさんも昨日の出来事を耳にし、じいちゃんの体の事を案じてくれていたようで、心配そうな目を天音に向けた。

「うん。もうすっかり元気。」

天音はヤンおばさんを安心させるため、笑顔でそう答えた。

「そうかい。ま、うちの牛乳があれば!」

(出た!おばさんの牛乳自慢! )

おばさんは、自分の所の牛乳があれば、病なんてかからない!と本気でそう思っている。それ位自分の牛乳を愛している。
いや、それは度が過ぎるほど…。

「ハイハイ。じゃ、またね!」

おばさんの牛乳自慢を聞かされたら、いくら時間があっても足りない。
そう思った天音は、そそくさとお店を出ようとした。

「じいさんによろしく。」

そんな天音に、ヤンおばさんがいつもの様に優しく笑って、別れの言葉を投げかけた。

「うん!!」

天音もその言葉に元気よく頷き、おばさん自慢の牛乳がたっぷり入った瓶を抱えて、ヤンおばさんのお店を後にした。






「本当にいい子に育ったね…。」


天音の去った後、ヤンおばさんがポツリと、どこか寂しそうにそうつぶやいていた事を、天音は知るよしもなかった。