「もうちょっとこっち寄ってよ。食べられない」

「まぁ、少しなら」

だから!
簡単に甘くなっちゃだめだよ、私!

そんな葛藤を1人で繰り広げながら、夕食を食べ終わったころ、とある男性が部屋に入ってきた。

白髪交じりの髪はきちんと整えられていて、スーツには皺ひとつない。
眼鏡の奥の瞳は温厚そうに微笑んでいる。

絵に描いたような紳士がそこにいた。

「私、楓馬様のお世話をさせていただいております、神谷と申します。

楓馬様。お待たせいたしました。
こちら、完成品をお持ちいたしました」

風もなく、素早く隣まで移動した神谷さん。
そんな神谷さんからその品物を受け取った彼は、満足そうに確認している。

「早いね、もう完成したんだ。
じゃ、交換しようか」

「失礼いたします」

私たちの間に立ったその神谷さんは、どこからか針金を取り出すと、手錠の鍵穴に差し込んだ。
カチャカチャと金属同士がこすれる音がしばらく聞こえたあと、左手首の拘束が緩むのを感じた。