―――――中島


『―――そうか、分かった』


 同僚からの「キューティー」って店のアサガオは戻っていないと言う報告に、俺は一言だけ応え通話を切り、木村に携帯電話を返した。

 鑑識の連中が何人か部屋に入り、血痕や埃まみれの床を調べ始めた。

俺は木村と一緒に部屋の隅に腰掛け煙草を吹かしていた。


『キューティーって店のアサガオって女が、まだ戻っていないらしい・・・』


「アサガオか?片手の?」


『知ってるのか?』


「中島さん、俺は生安だぜ」


『・・・客だからじゃねえのか?』


「良い子なんだよ・・・」


 俺が『おしゃぶりがか?』と聞くと木村は鼻で笑うように「ふっ」と言葉とも溜息ともつかない声を発しながら立ち上がり、尻に付いた埃をパタパタと叩いた。


「・・・もう死んじまってるかもしれねえが、アンタも見ればわかるさ」


 木村が真剣な目をして諭すように言うので、俺はこれ以上木村をからかうのはやめた。


「―――世の中、不幸なんてもんは何処にでも転がってるもんさ・・・特にこの街はな」


『・・・あぁ』


「中島さん・・・アンタこの街の主要産業は知ってるかい?」


『・・・主要産業?・・・商業とか工業とかか?』


「まぁバカデカイ工業団地もあるし、輸入港もあるから間違っちゃいねえがな・・・」


 大げさな荷物を運び込み、パシャパシャと手当たり次第に写真を撮る鑑識の連中を眺めながら、木村は煙草を床に捨て、靴の底で揉み消しながら言葉を続けた。


「―――この街の産業は何にしろ、根幹にあるのはセックスと暴力だよ」


『何だそれ』


「セックスと暴力が金を産み、金がセックスと暴力を引き寄せる・・・因果往訪、この街は人間の性って奴に囚われてるのさ」


『・・・哲学か?』


 俺がそう言うと木村はまた鼻で笑い、座っている俺に右手を差し出し「そろそろ限界だろ?」と言って俺を起こした。


「・・・この街じゃ良い子ってのは損するもんなんだよ」


 俺は木村の言葉を聞き流すように、ケツに付いた埃を叩き払った。