「キモイって何だよ!」

「言葉のままそのままですよっ。歴代の彼女の名前から年齢、おまけに好きな食べ物とかそんな情報を、私がいつ欲しいと言いましたか?そちらから勝手にベラベラ喋ってきて、おまけにその彼女に振られたとか言って一日仕事もしないでウジウジして…キモイ以外の何があるんですか?」

「……」

興奮しすぎていつもの調子でジークの事を罵ってしまった。

ホイッスガンデ家の室内が異常に静まり返っている。すると、ジークがものすごい勢いで私の前に飛んで来ると、ガシッと私の手を取った。

「そうそうそれだ~!フィ―がそうやってさ、仕事中でも俺の事構って怒ってくれるんだよ。それがもう嬉しくってさ~」

でたーー!思春期爆発発言!そこまでして私に構って欲しかったの?

「ジークレイ…お前そんな下らないことを話してミルフィーナの気を引いていたのか…あれ?ということはお前、結構前からミルフィーナの事が好きだったのか?」

お義兄様がズバッと切り込んで聞いてきた。するとジークはそれを聞いてニヤニヤとしている。

「そうなんだよ。結構前からなんだよ~」

「まあ!」

「本当か!?」

義両親から驚きの声が上がる。ジークはニヤニヤしていた顔を引き締めるとイランゼさんを見た。

「イランゼが邪魔したって…俺、諦めないからな。ミルフィーナの事は絶対守り切るからな」

イランゼさんは目を見開いて、首を何度も横に振って何かを呟いている。

「わた…私は…」

シャンテお義母様はイランゼさんに近づいた。

「イランゼ…ごめんなさいね。本当にごめんなさい…私があなたの道しるべになって進むべき方向を教えなければいけなかったの。そうすればイランゼにも別の道が…」

イランゼさんに話しかけているお義母様の言葉を遮るようにイランゼさんが言葉を発した。

「無いわ…私には、だって…ずっと侯爵家のお嬢様付きメイドだもの。私は偉いのよ?使用人は皆は私に頭を下げるのよ!」

「イランゼ…そのやり方はいけないわ。力の示し方を間違えては…」

「煩いっ!」

イランゼさんは急に怒鳴った。お義母様の前にジークが立ち塞がった。私もお義母様の背後からお義母様を支えた。

何かが破裂するような音をたてて、イランゼさんの魔力が室内の内壁を圧迫し始めた。元々呪術系を扱えるということはイランゼさんが高魔力保持者なのは間違いない。

その魔力を体から放出し始めている。

「イランゼ、室内では魔力を押さえろ」

ジークがそう言ったがイランゼさんは首を横に振った。

「私だって…私は…どうしてよぉ?どうしてその女なの?シャンテ様が私に頼んだじゃない!?」

どうしよう…先ほどからイランゼさんの魔力を押さえ込もうと捕縛系の術を唱えているけれど、上手く練れない。

私のお腹の中で魔力が激しく動いている。赤ちゃん…こんな時にっ…

「ジーク、ダメ。捕縛系の魔術が今は発動出来ない。不安定で…」

「分かった…無理はするな。俺がイランゼを昏倒させる。多少の怪我は多めに見てもらおう」

怪我…仕方ないか、もしこんな魔力を暴発させて周りの人に被害があっては…

一瞬

室内の魔力がイランゼさんの体に全部吸い込まれた。

「…大量放出がくるっ!」

私はお義母様の体を抱えた。お義兄様がマーサの体を庇って下さったのが視界に入った。

お義兄様とお義父様は先ほど張った障壁があるから大丈夫だ。

「ジーク!?」

このままでは屋敷が吹っ飛んで、ジークも…!?

物凄い光が室内を明るく照らした。私は異空間から魔剣、桜吹雪を取り出すと眼前に掲げた。何もしないよりはマシだ。魔剣で切れる術なら叩き切ってやる。

イランゼさんの魔力が外に放たれた…と思ったら、イランゼさんの周りに捕縛系の何かの術が作動している!?どういうこと?そして術を放っているイランゼさんの体を包みこむように、丸い球体が現れて彼女の体を球体の中に押し込んでしまった。

「ほ…捕縛術」

「え?フィー…お前がこの術を発動しているんじゃないのか?」

「違います、私じゃなく…て、え?ええ?嘘っ!?」

私は自分のお腹を見て驚いた。自分のお腹から真っ直ぐにイランゼさんに向かって捕縛術魔法の魔術が放たれている。

嘘でしょう?お腹の赤ちゃん?

「お腹の子供が術を使っているのか!?」

お義兄様の絶叫に周りが騒然となった。

その後は大騒ぎになった。イランゼさんの身柄確保と事件の事で警邏に連絡したり…私は私でお腹の子供と一緒に魔力を使い過ぎて、倒れてしまいと…兎に角大変だった。

それから数日後

年明けに執り行われたカイトレンデス殿下とアザミの婚姻の式典も無事済んだ。

ジークの元カノ、ラヴィア様も式典自体には参加は出来なかったが…なんとか牢からは出して貰えたようで渋々田舎に帰って行ったらしい。

それとは逆にイランゼさんはまだ投獄中だった。余罪が多いと、呪術系の犯罪は審議が長くなることが多いらしい。刑はお義母様の嘆願があり服役刑になりそうだ。

お義母様はこまめにイランゼさんとの面会に訪れている。イランゼさんは落ち着いて聴取に応じている…とお義母様からお聞きした。

事件の後は…丸くは治まっていない。イランゼさんの心情を思いやれるほど私達もまだ気持ちを整理出来ていない。イランゼさんから呪術を受けて療養していた使用人の皆は春ごろには職場復帰出来そうだとお義父様から聞かされた。使用人の皆はイランゼさんから受けた理不尽な行いにまだ心を病んでいる方もおり、まだまだこれから…だ。

少しずつ少しずつ…人の気持ちも動いていけばいつかはイランゼさんの事を許し理解出来るのだろうか?

私は少し大きくなったお腹を撫でながら窓の外を見ていた。

「もう雪も解け始めますかね~」

とクラナちゃんが温かいココアをカップに入れて出してくれた。

「事務所までの通勤で雪で滑って転んだら危ないから!とか言ってミルフィーナさんを姫抱っこして通勤していたジークレイ様の姿が見れなくなるのは寂しいですね~」

とパルン君がニヤニヤしながら書類を私に手渡してきた。

「そもそもあんな悪目立ちする必要ないのよ?魔法を使えば空中に浮けるしね。あのバカが騒いだだけでしょ?」

「また俺のことバカとか言ってる~!」

むむっいつの間に戻って来ていたのだ?ジークレイ…とカイトレンデス殿下の2人が事務所に入って来た。

「ミルフィー、コーヒーを入れてくれ~」

「は~い只今」

よっこいせ…と立ち上がってカイトレンデス殿下と仕方ないので旦那にもコーヒーを入れてあげる。やっぱり朝は挽きたてのコーヒーが一番よね。

私がコーヒーをカップに入れるとクラナちゃんが持って行ってくれた。カイトレンデス殿下はコーヒーの薫りを嗅いで微笑んでいる。

「やっぱりミルフィーのコーヒーは薫りも良いな。パルンもちゃんと習っておけよ」

「うへっ…はーい」

そう言えばパルン君にコーヒー豆の挽き方教えておかなくちゃね。私も暫くは子育てで仕事は出来ないし…

「あ、でもまあいいか~。美味しいコーヒはこれからもミルフィーが淹れてくれるしな」

とカイトレンデス殿下がもっと働けよ~と私にやんわりと伝えてきた。

はあ~そうですか。フト、ジークレイを見ると私に向かってウインクをしている。

子供を産んで更に守るものが増えるのにな…

「仕方ない、皆まとめて守ってあげますかっ!」