ジャレンティア王女殿下は次の日も張り切って動き回っていた。

あれほど全裸?や素顔?を皆に見られていたのに強いな…と素直に感心する。そしてどうやらジークを狙っている訳ではなく、やはりカイトレンデス殿下を狙っているようだった。

殿下には怖い顔で何度も頼まれた。

「一番強固な防御魔法を私にかけておいてくれ!」

まあ、王女殿下に攻撃?を仕掛ける訳にいかないし、近づかれないようにこちら側から防衛するしかないのは分かる。

だけどアザミはもっと精神的に近づけないように策を練っていたようだ。

カイトレンデス殿下の手が空いた時間は、アザミが必ず同席して側で目を光らせるようにしていたのだ。

この作戦が上手くいったようだ。

カイトレンデス殿下と接する機会の増えたアザミと殿下の様子に、変化が訪れたのも傍から見ても良く分かるうえに、ジャレンティア王女殿下に2人が仲睦まじく接しているのを見せつける事もできたようだった。

ジャレンティア王女殿下はどうあがいても近づけない距離感に気が付いたようだ。

滞在から3日目の朝

とうとう国に帰ると言い出したのだ。皆、心の中で拍手喝采を送っていた。

すごすごと王女殿下が帰国した2日後

ブーエン国王陛下と王太子殿下が揃って正式に謝罪に来られた。ジャレンティア王女殿下は10歳年上の奥様に先立たれた3人の子持ち伯爵家の次男に降嫁することが決まったそうだ。

色々と苦慮されたのだろうけれど、押し付けられた伯爵家の方がいい迷惑だろうな…。そこはお飾りの妻として死ぬまで客人扱いで、姫にかかる諸々の経費は王家の援助で何とかするのだろう。

取り敢えず皆の脅威は去った。

うちの旦那もカイトレンデス殿下も心から安心したのだろう…ブーエン王国のお2人をお見送りした後、2人で抱き合って泣いていた。

でもね、廊下の真ん中で抱き合っていたら、一部の令嬢達から熱い支持を受けている男色愛の恋人同士だと勘違いされるわよ?

現にメイド達からきゃあ…と嬉しそうな悲鳴をあげられているじゃない?私は知らないわよ?

という訳で本当に久しぶりに…というかやっとまともな新婚生活が送れるようになった。

ジークと仕事終わりに2人で夕食の買い物をして帰り、食事を食べて、お風呂に一緒に入り、イチャイチャしながら就寝し…夜中にフッと目を覚ませば綺麗なジークの寝顔が拝める…そうか私、結婚したんだな~と改めて実感する。目の前の旦那の体に抱きついた、私の特等席だ。

「ん…フィ…眠れない?」

「どうして私が起きているのが分かるんですか?」

モゾッ…と動いて目を覚ましたジークの瞳を見詰める。

多分、気配とか魔力の動き?とかを敏感に感じ取っているのかもだけど。

「そりゃ愛の力さ」

「…ソウデスカ」

私は妄言を無視して再び目を瞑った。

「フィ~フィ~目を開けてよ~…んっ!」

眠ろうとしているのに…強引に口づけてくる旦那。

「ちょっ…ん…ん、もう遅いで…うぅん」

もう~また?この人本当にねちっこいな…

そして…数日が過ぎ…

年明け早々にアザミとカイトレンデス殿下の婚姻が決まり、城下はお祝いムード一色になっている所だが、ジークはものすごく渋い顔でお茶を飲んでいる。

実は昨日から段々機嫌が悪くなっているのだ。

「どうしてそんなに機嫌が悪いのですか?お茶、美味しくないですか?」

「フィーの入れてくれた茶は世界一の美味しさだね!」

私とジークと一緒にお昼休憩でお茶を飲んでいた元ブーエン王国の公爵家の次男、ホーエント伯爵の孫…フォミル様が代わりに答えてくれた。

相変わらずフォミル様は人懐こいな〜

そう、フォミル様はお祖父様である、ホーエント伯爵の籍に入って正式にパッケトリア国民になって、昨日から軍に正式入隊したのだ。

突然のフォミル様出現に、若いメイドや貴族のご令嬢は浮き足だっていた。

生まれはブーエン王国の公爵家、しかも今はあの有名化粧品を生産、販売しているホーエント商会のご子息。富と財とおまけに顔も良いとくれば女子が群がらない訳がない。

フォミル様は女の子達に囲まれて、

「こんなに女の子に囲まれたの初めてだ!」

と、顔を真っ赤にしていた。

いやいやいや〜?フォミル様何を言ってるの?フォミル様、結構男前だよね?公爵家の坊っちゃんよね?モテないわけないよね?

しかしこれには訳があった。ブーエン王国の妙齢の男女独特の深刻な理由があった。

「モテないように気を付けていた?」

昨日、女子に囲まれてあたふたしていたフォミル様に理由を聞くと、そう言ったのだ。それを聞いてジークと一緒に首を傾げた私に向かって、フォミル様は苦々しい顔を見せた。

「目立ってしまうとジャレンティア王女殿下に恋人指名されちゃうだろう?友達指名も恋人指名も、もう10年以上続いているし…俺より年下の子達なんて成人する前に外では変装して生活するのが習慣になっているみたいだよ。あ、そうだ~俺、この髪…地毛は金髪なんだ。戻してみようか?」

と、言った途端フワッとフォミル様の魔法で自身の髪がプラチナブロンドになった。ふわ~っ若干くせ毛の髪がキラキラフワフワしてますよ。これは綺麗ね。

「俺のこの髪色は目立つから魔法で変えろ、って親から言われたしね。それと眼鏡をかけろ…て言われた」

なるほど眼鏡は変装の定番ね。確かに金髪を茶色に変えて眼鏡をかければ地味な印象になる。

「馬鹿にしてるかもだけど、眼鏡は結構有効なんだよ?兄上達は眼鏡をかけて恋人指名を乗り切って、普通に結婚出来てるもんな」

「涙ぐましい努力だな…」

ジークが痛ましげにフォミル様を見ている。

「という訳でさ、若い時は地味だったから女の子に騒がれたりしたことないのさ。はあ~パッケトリアに来て良かった!俺にも彼女が出来るかな~」

なんて可哀そうな…

「勿論できますとも!でも変なのに引っ掛からないように気を付けて下さいね。」

と、昔…変なのに引っ掛かっていた旦那をチラッと見てからフォミル様に微笑みを向けた。

しかしジークレイ…旦那様の機嫌は一向に良くならない。

機嫌が悪いものの、何かを訴えるような目で見てくる。書類を渡したり、報告書を持って来た時に指で数字を指差したりしている。

数字?数字に何かあるのかしら?あ〜もうはっきりしないのは嫌いなのよ。

「いい加減にして下さい。数字に何かあるのですか?」

私がカイトレンデス殿下と執務室に戻って来たジークの前にそう言いながら立つと、ジークは慌てたように、「えっとその…」と言ってモジモジしている。

「数字…」

カイトレンデス殿下は報告書の日付を見て、そう言えば…と言った。

「明後日、ジークレイの誕生日だな」

「なっ!?」

驚愕してカイトレンデス殿下とジークの顔を交互に見た。ジークは気まずげに頷いている。

「どうして仰って下さらないのですか…」

「知ってると思ってた…」

知る訳ないじゃないか…という言葉は飲み込んでおいた。ジークはミケ兄様の親友ではあるが私と直接の接点は仕事場でしかない。

仕事に関係の無いことなど興味がある訳がない。

…とまあ、以前なら一刀両断していたが今は夫婦だしね。夫の誕生日をお祝いしてあげなくちゃね。

「ではまたオジサマに一歩近づいた、25才のジークレイのお祝いをしてあげましょうかね」

「いちいち嫌味を挟むな!」

こんな掛け合いも久しぶりね。さて…仕事終わりにジークレイのお誕生日を祝う為の食材を買いに出かけた。

「魔獣肉って高い…」

ローストビーフでも作ろうか…と思い、精肉店に行ったらいつも魔獣討伐の野営で食べている魔獣肉が売ってあり、値段を見たらすごく高値だった。

魔獣肉美味しいんだけどね。仕方ない…討伐に出かけている時間もないし、普通のお肉で構わないか…。無尽蔵に入る魔法の巾着があるお陰で、数種類のお肉を大量に買い、野菜店や香辛料店などにも赴き、食材を買い溜めた。おっと、お酒も買っておこう。

家に帰り、誕生日の献立の仕込みをしながら本日の夕食、鳥の香草焼きをオーブン入れて火を付けた。ジャガイモのスープを焚きつつ、クロワッサンのパン生地をこねているとジークレイが帰って来た。

「フィー」

帰って来るなり、キッチンに駆け込んでくると私に抱きついてきた。そして、頬や鼻先に口づけをしてくる。もう機嫌は直ったみたいね。

そして自分の誕生日を祝う為の料理だが、ジークは仕込みを手伝ってくれた。元々が器用な人だからやり方を覚えると、人参の皮剥きもジャガイモの芽を取るのもあっという間に仕上げていく。

一緒にケーキの土台のスポンジを作っていると、ジークは本当に嬉しそうにしている。

「俺、イチゴ一杯乗っているケーキがいいな!」

はいはい、そうしましょうか~と、その日は一緒にお風呂にも入り、イチャイチャして寝付くまでご機嫌だった。

その翌日

軍法会議から戻って来ると、ジークのお家の執事のクレントさんが詰所の前に直立姿勢で立っておられた。

「クレント何してるの?」

ジークが声をかけるとクレントさんは綺麗なお辞儀をされた。

「実は旦那様と奥様が至急、坊ちゃまと若奥様にお話があると城の貴賓室でお待ちになられています」

ご両親揃って…?何だろう…良い、ことではないね。クレントさんの魔質が緊張と困惑?で揺らいでいるもの。

「悪い知らせですね…ジャレンティア王女殿下からご両親に正式な婚姻の申し入れでもされたのでしょうか?」

「ちょ…おいっ!不吉なこと言うな!」

ジークのツッコミを無視して、クレントさんはゆっくりと頷かれた。その表情は硬い。これはかなりの困りごとだね?

ジークと2人、義両親が待つ貴賓室へ急いだ。

「お待たせ致しました」

そう言って貴賓室に入った私達を出迎えた義両親、ジークレイのご両親の表情も冴えない。

どうしたのだろう…

私達をがソファに腰かけるなり、義父が懐から一通の封筒をジークに差し出してきた。

何かしら?

ジークはその封筒を受け取って宛名を見てから裏を見て顔色を変えていた。