次の日

今日からアザミの王太子妃になる為の勉強が始まる。

「今日から軍服は着られなくなるのね…」

朝の支度の時間にアザミにあてがわれた王太子妃用の部屋へお邪魔すると、メイドに囲まれたアザミはそう言って私に微笑んでくれた。

「淋しい?」

「ん…まだ実感は湧かないわね。ミルフィもいると、まだ軍人の仕事をしているみたいだし」

アザミは髪型をハーフアップにしていた。ずっと高く結っていたから新鮮ね。

「今日は夕方には国中に婚約が発表されますよね?」

と私は扉の横に控えていたアザミ付きになった侍従に声をかけた。

「はい、そうでございます」

「今日はまだ大丈夫かな…」

「ああ、襲撃?一度城外に出てみましょうか?」

「アザミ、あなた王太子妃なのよ?自ら囮志願してどうするの?」

アザミが、あらいけない…と微笑んだ。絶対わざとだ。 

準備の出来たアザミと一緒に部屋を出た。まずは朝食を頂いてから王太子妃のお勉強だそうだ。

ところが食堂に入ると、カイトレンデス殿下がニコニコしながら待っていた。

あら?まあ…何の用?…は不敬か。

カイトレンデス殿下は素早くアザミの側にやって来るとアザミの手を取った。

「おはようアザミ。今日から王宮住まいだが疲れていないか?」

「おはようございます、カイトレンデス殿下。ええ、夜警で王宮で泊まり勤務もありますので慣れています」

アザミが色気のない返事をしているのが若干気にはなるが、カイトレンデス殿下はアザミとの距離を詰めようと頑張ってくれているようだ。現にカイト殿下の魔質が明るく弾むようにアザミを包み込んでいるのが見える。

その日はつつがなく、無事に一日が過ぎた。

夜、ジークが王太子妃の部屋の隣にある控えの間にやって来た。

「変わりはないか?」

「あら?はい、問題ありません」

ジークがソファに腰かけたので、お茶を入れて出した。

「あ~フィーのお茶だ」

「誰が入れても一緒ですよ」

「そんなことあるもんかっ!今日パルンがコーヒーを挽いて入れてくれたが、苦くて不味かった。殿下がミルフィに淹れ方を習え!て怒ってたぞ」

あらまあ…パルン君、ごめんね。

「まあコーヒーは豆の量とお湯の温度もありますからね…」

ジークがジーッと私を見てきた。何かしら?

「やっぱり…」

「やっぱり?」

ジークが一瞬でテーブルを飛び越えて私の横に座った。相変わらず大きな体躯のくせに俊敏な人だな~と至近距離で私を見詰めてくる旦那を見つめ返した。

「俺…フィーが側にいないと調子出ないわ…」

「そうですか、私はいつも通りですけどね」

ジークはショックを受けたような顔をしている。ちょっと意地悪が過ぎたかしら?

「だってどこにいたって、ジークの魔力を感じているもの。今日はうちの旦那様、元気無いな~と思ってたのですが、私に会えないのが原因でしたか」

ジークはパアッと笑顔になると私に抱きついてきた。

「ここ職場ですよ?」

「ちょっとだけ~フィー…」

ジークが優しく口づけてくる。フフ…うちの旦那様今日も絶好調に可愛いわね。

翌朝

昨日と同じくアザミとカイトレンデス殿下は共に朝食を食べ終わると、アザミは教育係の先生と図書室の自習室へと移動する。

私達が移動しかけていると、ジークがカイトレンデス殿下の側に来て耳元で何か囁いている。

「なっ!?どういう事だ?」

カイトレンデス殿下の驚きの声に私とアザミは顔を見合わせた。私とアザミはカイトレンデス殿下とジークの側に歩み寄った。

カイトレンデス殿下はまだジークと何か小声で話しており、時折怖い顔をしている。

殿下は近づいて来た私達に視線を向けた。

「ふぅ…実はな、あの王女が凝りもせずにまた訪問したいと行ってきたようだ。しかも長期滞在を希望だとか…どういうつもりだ」

「腰を据えてジークを狙うつもりでしょうか?」

「フィー止めろっ!?縮み上がったぁ‼」

何を?とは聞かないがジークは乙女のように腰をくねらせてイヤイヤというような仕草をしている。

「ジークが心配せんでも、今はこちらも忙しいしアレの相手はしてられんよ。どれ、適当な返事を書いておこうか。じゃあなアザミ」

適当…。聞かなかったことにしよう。カイトレンデス殿下はアザミに近づくと頬に口づけを落として足早に移動して行った。後を追いながらジークが私の方を見ながら小さく手を振っている。

無意識に手を振り返して、教育係の先生の生温かい視線に気が付いて、咳払いをした。

「いやいや、若いっていいですね」

先生がねえ?とアザミの方を見て、私もアザミを見たのだが…あれ?アザミ固まっている?

アザミは耳まで真っ赤になっている。どうしたの?

「頬に口づけされましたわ…」

「そうね…」

「は…は…初めてですの」

教育係の先生と二人、驚きで仰け反った。いや、私だってジークとが初めてだし貴族の令嬢としては、まあ珍しくはない。珍しくはないが…アザミって照れたりするんだ、の驚きの方があった。常に冷静で激高なんてしないし、凛としている。

アザミは胸に手を当てるとホゥと息を吐いた。

「毎日こんな恥ずかしくて耐えられますでしょうか?」

思わず教育係の先生と視線を交わす。未だかつてこれほどまでに純情な令嬢を見たことがあるだろうか?

その日の夕刻

パケットリア国外に王太子殿下ご婚約内定、が告げ知らされた。

その次の日から国内の方々から一言お祝いの為の謁見の長い行列が出来たり、国外からもお祝いの書簡が届けられたりしているなか…

王宮の門前で揉め事発生の知らせを受けて、ミケランティス兄さまが鎮圧に向かった…と思いきやカイトレンデス殿下とアザミが仲良く午後休憩をされている席にその兄さまが走り込んで来た。

魔圧が怖いけど、どうされたのかしら?後ろにはこれまた魔圧が更にすごいうちの旦那がいるけれど?大型の魔獣でも出たのかしら?まさか伝説のドラゴンとか?それは見たい。

「ご歓談の所失礼致します」

「どうした?」

「門前に、アレが来ているんですが…」

「アレ?」

「アレ…です」

ミケ兄さまが頑なに固有名詞を出さないアレって何?