「ははっ…パッケトリアの最強の攻守が一緒じゃ私だって勝てないね。まあ、今日はお詫びに来ただけだしね」

ジークは足早に歩いて来ると私を抱き寄せた。ブーエン王国の男はそんな私達を見て眩しそうな顔をしている。

「要件は何だ?」

ジークが低い声で聞いた。私の肩に回した手にグっと力が入る。

「先日は人を使って襲わせたりして申し訳なかったと思って、本当に済まなかった」

ブーエン国の男はそう言って騎士の礼をした。

私もジークも驚いて二人で顔を見合わせた。

「自己紹介がまだだったね、フォミル=ルーエルトン…ブーエンの公爵家の者だ」

彼は騎士の礼を解くと、私を真っ直ぐに見詰めた。

「君がいなくなればジークレイ=ホイッスガンデ少佐がジャレンティア王女の降嫁を拒めないと思ってね。本当に、申し訳なかった…。焦ってたしね、今回を逃せば俺に降嫁の話が来るだろうしね」

「降嫁…」

しかしこの口振り…自国の王女殿下に対して不敬ではないだろうか?

私がそう思って見詰めているとフォミル様は強い眼差しで見詰めて返してきた。

意思の強い、真っ直ぐな方だわ。魔質が力強く明るい。そして今は怒ってる、のかしら?

「自国の王女殿下に不敬だと思う?私はそうは思わないよ。特にあの殿下に関してはさ。それに近い内に公爵家を離籍するつもりだしね」

「離籍…それはまたどうして?」

ジークも驚いたような声を出した。話しが長くなりそうだったので、私は自宅にフォミル様を招待した。

「わぁ、新婚さんの家にお邪魔しちゃうの?楽しみだな!」

このフォミル様…ってノリが軽いのね。

ジークもこの気安いノリに気を削がれたのか、歩きながら自己紹介をしたりしている。

このフォミル様はジークより一才上の25才の公爵家の三男だということだった。

フォミル様を伴って自宅に案内して、茶菓子とお茶を出すと、躊躇いなく食される公爵家の三男様。普通、毒とか気にしない?しかも他国の軍の人間の出してきた食べ物よ?

「さてと、簡単に言うと公爵家を離籍するのはジャレンティア王女殿下と結婚したくないからさ!」

「はぁ…なるほどね。気持ちは分かる」

ジークはすっかり友達に話すみたいな口調になっている。

このフォミル様人懐こい方よね。

「ちょっと暗い話になっちゃうけどいいかな?」

と、私とジークに同意を求めてからフォミル様は話し出した。

「王子三人の一番下に産まれたジャレンティア王女殿下は、それはそれは甘やかされて育った。そして望めば友達もすぐに出来ると思っていた。本当は教育係が教えなきゃいけないことだよね?だけど気に入らなければすぐ癇癪を起こして、メイドも護衛も教育係も辞めさせられる…。誰も王女を諌めないし、教えない。殿下は自分の間違いに気付かないまま『あの子を友達にして』と名指しで友達指名を始めたんだよ」

「友達指名…」

「メイドや護衛じゃ有るまいし、それじゃあ仕事みたいだ」

ジークが呟くとフォミル様は頷いた。

「勿論、指名を受けた令嬢と親は戦々恐々さ。失敗は出来ない。茶会を催して呼ばれても緊張して、友達として振る舞えない。まあ、当たり前だよな?こんなの本当の友達付き合いじゃないものな。そうすると、友達失格になる令嬢が続出した。最初はジャレンティア王女殿下に取り入ろうと頑張っていた家や令嬢も、逆に友達に選ばれないように頑張り出した」

フォミル様がニヤッと笑ったので、私も思わず笑いそうになった。選ばれない…つまりは地味で目立たないように振る舞った訳だ。

「結局、後に残ったのは胆の座った俺の姉達、公爵家の令嬢二人だけだった。姉妹で対処出来たのも大きいよな。でだ…そんな上の姉に縁談が持ち込まれた。お相手は辺境伯の長兄。姉は顔合わせで一目惚れ。相手の方も一目惚れ。珍しいよね?恋愛結婚だよね〜とか周りが大喜びしていたらさ」

嫌な予感がする。フォミル様とジークにお茶のお代わりを注いで、自分の分も注ぎ、一口飲んだ。フォミル様も一息つくと、虚空を見ている。

「姉が結婚するので、辺境伯領に移り住むことをジャレンティア王女殿下に伝えたら、勝手は許さない。私の側で友達としていろ!と言われたんだ。俺もその場にいたんだけどさ、姉上怒ってたなあ…今考えても不敬なくらい魔力をぶつけていたな…」

「そりゃそうだよ。友達なら結婚祝ってやらなきゃ…」

「そんな無茶苦茶だわ…」

フォミル様は大きく溜め息ついた。

「王太子殿下や他の王子殿下も随分諌めたんだよ?でもね国王陛下が結局甘やかしちゃうんだよね。王女に泣きつかれて、辺境伯の長兄に別の令嬢を紹介しようとしたんだ。呆れるだろ?」

本当に呆れる。親バカにも程がある。

「そんな時、上の姉が茶会の途中で倒れた。その病状が思わしくなく、その姉に付き添いで看病するからと下の姉共々、姉達は友達失格になった」

お姉様達、まさか?フォミル様はニヤニヤした。

「姉上方はお元気か?」

ジークもニヤニヤしながら聞き返している。

「上の姉は急に病が良くなってね、無事、辺境伯の長兄に嫁いで行ったよ。三人の子供に囲まれて幸せだよ。下の姉はね〜これがまた新たな火種が出来たんだが、今は俺の上司と結婚して幸せそうだよ。そこに行くまでが大変だった」

何かあったのかしら?ジークと思わず顔を見合わせた。

「あ、そうやって横向いた顔が似てるんだよね、その姉の旦那の上司に。だからジークレイ少佐も狙われたのかな?」

少佐も…狙われた?も、と言うことは…

「友達指名の次はさ『恋人指名』を始めたんだ」