「さっきまで守ってあげたいと思ってましたが…もう外に出て、あの王女に追いかけ回されてきて欲しいと思っています」

「フィー!?」

私は震える手でソレを指差した。

私が指差した先には寝室にどうやって入れたのであろうか、大きな大きな天蓋付きのフリルが沢山ついたダブルベッドがドドーンと正にドドーンと押し込まれていた。

「こんなものいつの間に購入されたのですかぁぁ…」

強烈な魔圧を出しながらジークにゆっくりとにじり寄って行く。ジークは天蓋付きのダブルベッドに倒れ込むようにして窓際に逃げようとしたのを肩を掴んで捕縛術をかけてあげた。

「あっ…フィー…う…」

私はこの体勢がまるでジークに襲い掛かっているように見えることに気が付かないで、ゆっくりと動けなくしたジークに馬乗りになった。

「どこで買ったのですか?」

「ぐ…っこの前の家具屋で…」

「いつの間に…ああ!帰り際店員の方と何か喋っていましたね!…ではいつここに運び入れたのですかぁぁ…」

「寮に片付けに行った日…」

私は思い当って頭を掻きむしりたいぐらいだ!賊が襲って来たあの時、ジークは転移してどこかに行っていたじゃないか!

購入したベッドを寝室に入れていたのね。

と、頭を抱え込んでいたらクルンと体が回りいつの間にかジークが私に馬乗りになっていた。ちょっとぉ~!?いつの間に捕縛術を解いたのよ!

あっと言う間にジークの綺麗な顔が近づいて来る。チュッと音を立てて軽く口づけを落とされた後、何度も軽く啄ばまれた。

「ここだったらムードあるだろ?」

思わず瞑っていた目を開けたら至近距離からジークが見詰めていた。

「ゆ…夕食がまだですっ」

私がもがいて立ち上がると、え~!と抗議の声を上げながらジークが私の手首を掴んで来た。

「いつならいいの?」

私は逃げるように廊下に出た後、扉の影から顔を出して

「あ…後で」

と言って慌ててキッチンに走って行った。

「ああ…ちくしょ~やばい~!」

この時何か騒いでるな…とか思ってはいたけど、ベッドの上で悶絶していたなんて私は知らなかった。

私はキッチンに飛び込むとジャガイモと肉のピリ辛炒めを作って皿に盛った。

「ジーク~取り敢えずお酒飲んで待ってますか?」

と寝室に向かって声をかけるとジークが足早にやって来た。そう言えば私もだけどまだ軍服のままね。

「ジーク、服を着替えますか?え~と巾着から取り出し方…今、練習してみます?」

私は私の腰のウエストポーチから巾着袋を出してきてダイニングの椅子に座ったジークに手渡した。

「取り出したい物を頭の中に思い描いて下さい。今日物置で畳んだ服を思い出す~はい取り出して下さい!」

「よしっ!どうだ…?おおっシャツだ!」

うんうん、上手く出来ましたね~。ジークはコツを掴んだのか、寮から持って帰ってきた歯ブラシや髭剃りなども取りだしている。

「歯ブラシは髭剃りなどは洗面台に置いて来て下さいね」

「はーい」

ジークが洗面所に向かったのを確認すると、鍋に湯を張ってパスタを入れた。今日は生ベーコンのトマトパスタ。葉野菜のサラダ。それと白身魚を野菜と香辛料とバターを入れて上からチーズをかけてオーブンに入れた。

流石に火魔法でグラタンの焦げ目はつけにくいのだ。そうだ、私だけならパスタで充分だけど、市場で買って来たパンとついでにソーセージも焼いておこう。

「後、どれを片付けておけばいい?」

ジークが洗面所から戻ってきた。

「先にビール召し上がって下さいな、おつまみも作りましたので」

私がそう言ってビールを出すとジークは目頭を押さえながらダイニングテーブルの前に座った。

「俺は今…フィーと結婚して心底良かったと感激している」

「そうですか?それは良かったです」

ジークはじゃがいものピリ辛炒めをつまみつつ、ビールを一口飲んでは目頭を押さえている。

どうしたのかしら?ピリ辛が辛すぎたのかしら?

パスタやサラダを作り終わり、私もビールを頂きながら食事を頂いた。結婚してから何だかバタバタしてしまって、やっとまともな食事にありついた感じだ。

「取り敢えず一件落着…でしょうか?」

ジークは首の後ろを摩ってまだ首を捻っている。

「う~ん、まだちょっと嫌な感じはするんだよね。…怖いか?」

「そうですか…いえ、怖いのはそれほど…」

怖い…と聞かれたら戦場の方がもっと怖いし、純粋な悪意をぶつけてきたあのジークの元カノの方が、そういう意味では怖いっちゃ怖いくらいだ。

さていよいよ、夫婦の営みである。さっきからジークの魔力が鬱陶しい。ウキウキした魔力を放出しながら、横で一緒に食器を洗ってくれている浮かれ旦那。

そんなにアレが嬉しいのかしら?

もちろん経験がないし…友達や貴族のお姉様達の噂話でそこそこの知識はあるけれど、まあジークは知らない中ではないし、完全なる政略結婚でイヤイヤで泣きながらだった…と知り合いのご婦人から聞かされた話よりは全然マシだろう。

少なくとも私はジークは可愛くて好ましいと思っているのだから…

そして天蓋付のベッドに向かったのだが…

誰がこれを可愛いと思ったのだろう…いや、私だ。

数時間前の私を叱りつけたい。ジークは可愛く甘えたフリして中身は猛獣だった…

そう、ジークレイは体力馬鹿の軍人だった。これは普通の貴族のお嬢様では死んでしまう…誇張でもなく死んでしまう。夜中に何度も回復魔法をかけた。回復魔法をかけてはヤツを喜ばせてしまうのは分かっていたが、腹上死だけは免れたい。

フト眩しさに目を開けるともう夜明けのようだった。いつの間に気絶か失神…どちらも似たようなものだけどそれをしてしまっていたらしい。

体を動かそうとしたら、体術のワザでもかけられているのか身動きがまったく取れない。暫くワザをかわそうとモゾモゾしていたら、

「起きた?」

と、この体術をかけている(体重をかけている)旦那が顔を覗き込んで来た。

「おは…よ…ござ…げほっ…ゴホッ」

声が掠れている。口の中に水魔法をかけて口の中を潤した。ジークはまだ口の中に水魔法が残っている私に口づけてくると口の中の水分を舐め取るように、舌を差し入れてきた。

はあ…朝からなの?しばらくジークに付き合ってあげた。

取り敢えず、ジークを何とか引き剥がして浄化魔法と回復魔法を自身にかけてから、寝室を出た。体は何とか動くみたいね。続き部屋の自分用の私室で軍服を着て、寝室に戻った。ジークはまだベッドの上でダラダラしている。

「ジークは今日出勤ですか?」

「あ…俺、午後での泊まり勤務」

おや?そうですか。夫婦になったからにはお互いの仕事の出退勤を詳しく確認しておいたほうがいいよね?

「ジーク今月の出勤表を後で確認させて下さいね」

ジークはヨッ…と起き上がると頭を掻いた。

「そっか…分からないと不便だよな。俺、事務所に置いてるわ」

「じゃあそれはまた後で。私は朝からなのでジークはまだ寝ていて下さいな」

ジークは全裸のまま私の前に歩いて来ようとしたので、手で制した。

「夫婦と言えども礼儀とマナーは守って下さいませ。全裸で徘徊は禁止です」

「フィーがつれないっ!」

「はいはい。朝食作ってきます」

朝、出勤するまでは洋服の片付け方や、掃除の仕方…簡単な料理の仕方を教えつつ、私は先に出勤して行った。

ところがだ

朝一事務所に入ると、あれミケ兄様と…険しい顔のアザミが何故か来客用のソファに座っている。

「おはようございま…」

「ミルフィ…とんでもないことになったぞ」

ミケ兄様が挨拶も無しに私を見て、怖い顔をしている。アザミも顔を強張らせている。

「隣のブーエン王国に密偵を潜り込ませているのだが…早朝に密偵から緊急の知らせを受けた。昨日帰国した王女殿下はジークとお前達の事で喚き散らしながら癇癪を起して暴れたらしいのだが…その後にな、向こうの国王陛下が余計な事を言ってしまったらしい」

「余計な事…?」

「お前にはジークレイよりもっと釣り合いの取れた、カイトレンデス王太子殿下がお似合いだよ…と」

ミケ兄様とアザミの魔圧が上がって、事務所内は暴風が吹き荒れています。

ジークがダメなら今度はうちの王太子殿下を狙うのですかぁ!?