僕は携帯ショップで働いている独身の32歳。大学生の時は人と話すことが好きで、ホテルマンやツアーコンダクターに憧れていたが、就活するのに疲れた僕は、昔から好きだった携帯電話を売る側の仕事に就くことになった。この仕事に就くこと自体は容易だった。

働き出して今年で9年目。この業界は離職率が高く、9年目となればなかなかのベテランだ。副店長経験もしたが、正直僕はこの仕事に向いてないとしか思わない。携帯ショップに来るのなんかほとんどが老人で、正直老人相手に接客するのなんかもう飽きたし、笑顔を作るのも一苦労。愛想が悪い、早くしろ、殿様商売、そんなセリフはもう聞き飽きた。

3年目の頃からかな。ある時風邪をひいてマスクをしたとき妙に安心感を覚えた。これなら目だけ笑っていれば大丈夫じゃないか。
それから僕はずっとマスクをするにようになった。仕事の時だけでなく、安心感からプライベートでもマスクが手放せなくなった。
もともと自分の顔が嫌いだったし、マスクで顔を隠せる。何かと自分にマスクは好都合だった。
ただ、接客業である以上、上司にはずっとマスクを外すように言われ続けた。それでも僕は適当に二つ返事をして決してマスクを外すことはなかった。

そう、昨年の秋までは。

2018年秋、会社全体でマスク禁止令が出たのだ。僕にとってマスクはもうパンツと同じ存在で、今更マスクのない生活なんて考えられなかった。人生の一大事に値する程。ただ、優しい当時の店長も、マスクするならメール報告をとしつこく迫ってきた。マスクをするなら店長、エリア長にメール連絡をして許可を貰わなければならない。これはこれで精神的に苦痛だ。だから僕は嫌々ながら外すことにした。
ただやっぱり仕事以外ではマスクは必需品に変わりはなかった。

なんでこんな顔で生まれてしまったんだろう。鏡を見る度に思う。
昔から鏡や電車に映る自分の姿を見て髪型を直してる人が羨ましかった。よくそんなに自分の顔見てられるな。

僕には弟がいる。昔から弟は凄くモテてた。弟が当時中学生の頃、近くにあった女子高の生徒にも話題になる程だった。
劣等感を感じないわけがない。

僕なんか…。


そんな僕にも去年大好きな後輩がいた。一緒に映画やユニバ、IKEA、色んなところに行った気がする。毎年開催される社員旅行で台湾に行った時も一緒に行けて幸せだった。

僕が異動になると嘘をついたときは1日中くっついてきて、エリア長に抗議しようかなとも言ってくれた。相手に恋愛感情がないとわかっていても凄く嬉しかった。

去年の夏、その後輩と2人で花火大会に行った。その花火大会以降あまり遊ばなくなってしまった。正直その子はあまり話をするタイプではないし、一緒にいてもなんとなく楽しそうには見えなくなってしまったのと、どこかで自分の気持ちが変わっていくのに自分で気づいたからだろう。

別に付き合ってたわけでもない、僕の一方的な片想いだったわけだから、相手からしたらただ遊ばなくなっただけ。きっとそれだけ。

なぜなら相手は男だから。僕は最近何かと話題のLGBTのひとつ、ゲイだ。
気付いたのはもう小学生くらいからで、女の子を好きになったことは多分一度もない。

17歳の時、実家のある広島に住んでいた頃、掲示板で知り合った千葉県の人を好きになった。多分お互いに好きと言い合えた、両思いというのはこれが人生で初めてだった。
会ったことはなかったが、多分若さもあってかお互いに惹かれる部分があったのか、毎日常に連絡を取っていた。17歳の僕には味わったことのない幸福感で、毎日が幸せだった。
授業以外の時間は常にメール、電話をしていた。起きてから寝るまで、トイレの時も食事、お風呂の中、寝てる時以外は本当に常にだった。会うこともないまま時が過ぎたが、ある日突然もう連絡を取るのをやめようと言われた時は人生で味わったことのない失望感、絶望感、全てにおいて無気力だった。17歳の僕には耐え難い現実だった。

それ以降、3人の人と付き合ったものの、まともに恋愛という恋愛が出来ないまま別れることばかりで、かれこれもう10年以上彼氏がいない。

正直もう僕のことなんか愛してくれる人はいないとどこかで諦めているし、僕が愛されたいと望むこと自体が贅沢なことなんだと思っている。

ただやっぱり自分の気持ちには叶わない。
T君と出会ったのは2019年2月。中途採用で入社してきた1個下の男の子だった。
彼には8年越しの彼女がいる、いわゆるノンケだ。見た目が特別いいというわけでもなく、タイプでもなんでもなかったが、どこか惹かれる部分があった。
新人を教える機会が多い僕は、T君と仲良くなるのに時間はかからなかった。T君も僕のことを慕ってくれていると実感できた。
仕事外ではLINEでやりとり、仕事中はわからないことがあれば常に僕を頼ってくれていた。ただ、休みの日に遊びに誘っても彼女との予定があったりで遊べることはなかなかなった。そして、ようやくこじつけたのが6月に公開されるスパイダーマンを一緒に観に行くことだった。当時の僕は楽しみで仕方なかった。T君と映画に行ける、T君とデートが出来る。それを目標に生きていると思えた。

だが、その気持ちは長続きしなかった。

そう、サイコパスとの出会いのせいだ。
君のせいで僕は苦しみ、悲しみ、幸せを感じ、生きる意味を感じ、泣き、笑い、ジェットコースターのような毎日。

サイコパス、君が好きだ。